ベトナム

 「かけ橋」や「もうひとつのかけ橋」に掲載された記事などを中心に現地の様子や現地でのNVCの活動に関する情報をおとどけします。

ベトナムレポート

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べトナム未来プロジェクト第1号が竣工しました(「かけ橋」第9号:1996年7月4日発行)

◇べトナム未来プロジェクト第1号が竣工しました◇

 NVCベトナム未来プロジェクト第1号として取り組んできたベトナム・ホーチミン市ピンチャン地区ビンフンホア村第7集落の小学校が完成しました。NVCから18名の代表団(野水和行団長)が訪れ、5月27日の現地開校式に参加しました。夏休みにもかかわらず、100名をこえる生徒や先生、村の住民委員会などから大歓迎を受けました。カウンターパートのWOCAからは、グェン会長や、本プロジェクト担当のチャン副会長はじめ多くの方々が参加しました。
 完成した校舎は、レンガ・モルタル造りの二教室で、照明用蛍光灯、扇風機(各二)を備え、床はタイル張りです。これまで雨季にスコールがくると、椰子の葉で茸いた屋根からは雨漏りがし、アンペラの壁からは雨が吹き込み、土の床は泥沼と化す状態でした。        .
 NVCでは、ここにさらに、先生用と生徒用の机、椅子、教室に常備する壁に作りつけの薬箱、本箱を備えました。とりわけ経済的に苦しいこの地区では、WOCAの要請もあり、生徒用の制服と先生の給料補助を含む学校の運営費を1年分、支援の費目に加えました。
 このほか、天水に頼っていた学校の飲み水も濾過器をつけた井戸を掘り、しっかりした別棟のトイレを一棟建てました。160人の生徒、先生、村人たちからも大好評です。

◇◇協力開始の経緯◇◇

 NVCでは1994年度から協力支援活動を3本柱に整理しました。海外協力(ラオス)、国内協力(留学生健康保険支援)、緊急支援(1994年度は旧ユーゴ国内難民医薬品用支援金のためのチャリティコンサート)の3つです。
 1995年度の緊急プロジェクト候補として、運営委員会では、ミャンマー(文化施設建設支援)、カンボジア(人権擁護NGO支援)、ベトナム(小学校校舎建設支
援)などが紹介され、数回の拡大運営委員会を経て、緊急性の高く、多くの子どもたちが受益するベトナムに決定されました。教育を通じて子どもを支援することはベト
ナムの未来を支援することです。そこでこのプロジェクトをベトナム未来プロジェクトと名付けました。
 カウンターパートのWOCA(婦人慈善協会)は、ホーチミン市の会員制の民間団体です。これまで日本ユネスコ協会と共同で小学校を建てたり、ストリートチルドレンの世話
や、最貧困層に対する職発訓練を通じた支援、高齢者支援などを展開してきました。

 今回小学校枚舎を建てたホーチミン市ビンチャン地区ビンフンホア柑第7集落は、ホーチミンの中心から車で1時間足らずの距離ですが、ホーチミンの喧騒からは想像もつかない静かな農村地域です。とりわけ収入が少なく、ベトナム戦争中も激戦地のひとつでした。子どもも多く教育熱は高いのですが、村のカだけでは校舎改築や、先生の給料補填などについては大きな困難をかかえていました。

◇◇緊急協力から年限プロジェクトヘ◇◇

 運営委員会では、今回のベトナム未来プロジェクト第1号の完成と同時にプロジェクトの評価を開始しました。2度にわたる現地協力団派遣の結果、カウンターパートのWOCAの仕事ぶりも信頼ができ、ベトナムの子どもたちに与える効果や影響も大きく、緊急支援として取り組んだプロジェクトだが可能な限り継続する必要性と価値とが認められるという意見が多く出されています。会月のみなさんから大いに意見を求めたいところです¢
 今麻の代表団の一部は、メコンデルタの河口にあるベンチェ省も訪れました。ここでは、やはり新潟の団体である新潟千歳ライオンズクラブがJVC(日本国際ボランティアセンター)と共同でモカイ郡ホンミー村というところに小学校の校舎建設を支援しようとしています。
 JVCの先発事業であるダーフックホイ村の小学校も訪れました。子どもたちは元気いっぱいで学絞が好きだといいます。先生方の表情も明るく、絞内も整頓されており、他にはない生徒の進学率や卒栄率に関するデータやグラフが教員室に示されていました。ハコもの、ハコものといって「馬鹿」にしてはいられない現実があることがわかりました。ハコものだけですべてが解決されると思うのは全く誤りですが、ハコものが何かを促進する要因であることも真実です。
 NVCにたいしてもWOCAから、第2第3第4・・・のプロジェクトの要請があります。ベトナムは漢字で書くと越南と書きます。新潟も越後です。趣から越への藤の見える国際協力を今後も継続しようという意見がたくさんでています。

◇◇代表団のその他の視察◇◇

 今回の代表団は、ベトナム以外にも大変欲張りな日程をこなしました。泰緬鉄道をトレースして、関連の戦争博物館や墓地におもむき、ミャンマーとの国境である三仏塔峠までいきました。
 さらに、今回のプロジェクトでハコものだけでない協力について考えてみようという大竹事務局長の提案で、SVA(曹洞宗国際ボランティア会)バンコク事務所も訪問しました。SVAのクロントイスラムでの活動を見学すると同時に、謄写版の普及活動について学習するためです。きわめて意義のある活動であることがわかると同時に、SVAでは、カンボジア、タイ、ラオスでは活動を展開しているが、ベトナムでは手を付けていないこともわかりました。今後、会員のみなさまのご意見をうかがって試行錯誤の対象にしていこうと考えていますのでくれぐれもよろしくお願いします。
(ベトナム未来プロジェクト実行委員長 多賀 秀敏)



NVCベトナム未来プロジェクト(VFP)実行委員会(「かけ橋」第10号:1997年5月26日発行)
NVCベトナム未来プロジェクト(VFP)実行委員会では、1996年度に以下の事業を行いました。内容は、いずれもWOCA(ホーチミン市婦人慈善協会)との協力による小学校建設で、それぞれ2教室、2トイレの建設、電気水道など諸設備、先生4人・用務員1人の1年分補助給料、制服、備品の配備です。
  (1995・6年度)   場所                            開校式     予算 
  VFPI         Hamlet 7,Bibh Hung Hoa V., Binh Chanh D.    96.05.27    $12,000
  VFPU         Hamlet 2, PhuocKien V., Nha Be D.         96.09.05    $14,000
  VFPV         Phuoc Loc V., Nha Be D.                97.01.31    $14,000
1997年度は、以下の事業を行います。内容は96年度と同様です。
  (1997年度)
  VFPW         Hamlet 1, Dong Thanh V., Hoc Mon D.,       97.06.16    $15,000
  VFPX         Hamlet 2, Tan Nhat V., Binh Chanh D.,       97.08or09   $15,000  
 なお、故藤崎匡史氏(藤崎千代子未亡人)によるご寄付は、VFPWに、県職労本庁支部のご寄付は、VFPXにそれぞれ支出されます。VFPWは、嶋田真千代会員から3分の1の資金を送金していただき、すでに着工いたしました。竣工は6月16日の予定です。これに向けてスタディツアーを組みますのでふるってご参加下さい。 
 本年度の定例実行委員会は、毎月第二月曜日の運営委員会前の6時から6時半に開催の予定です。ベトナムプロジェクトの最新情報を得たい方、アイデアや意見をお持ちの方の参加をお待ちしております。(文責:多賀)

 


べトナム滞在中間報告(「かけ橋」第10号:1997年5月26日発行)
NVC会員 福田忠弘


はじめに

 これまで、96年の2月に約5日間ベトナムに滞在したのを皮切りに、同年8月、12月に、それぞれ約1ヵ月間ベトナムに滞在してきた。すべて、NVC(新潟国際ボランティアセンター)関係で滞在してきたのが、これまで僕が何を考えてベトナムに行き、何を行い、どんなことを考えているのかということは、NVCの会員の皆様はほとんどご存知ないというのが現状ではないだろうか。ここでは、『ベトナム未来プロジェクト』では触れなかったことについて書いていこうと思う。ここでの意見は、すべて私個人の意見である。

学校建設、その後

 何といっても、ベトナム未来プロジェクト(以下、VFP)の最大の成果は、これまでに学校3校を建設し、当初の目的どうりに雨が降っても* q供たちが安全に勉強ができる環境を確保できたことである。(現在、第4校が建設中であり、6月中に完成予定)この3校の現在の生徒数だけでも約480名、将来の潜在的な生徒数を考えると、何千、何万という生徒に対して安全に勉強できる環境を提供していくプロジェクトである。この成果は大変な成果であると考える。しかし、依然として問題も残っている。NVCの学校建設は、貧しい地域を選んで建設がなされているため、学校ができたのはいいが、勉強している時間がないという生徒たちも出てきている。今年の1月に、第1号の学校を訪問し、授業を見学してきた。日本の小学生にあたる学年の生徒は、約40人が出席していたのに比べ、中学1年にあたる学年では、わずか4人しか出席していなかった。「他の生徒はどうしたのですか」と村長に聞くと、「働きに出ている」という答えが返ってきた。その後、WOCAのメンバーが、「ゴミ拾いだ」と付け加える。結局、学校ができても勉強している時間がないのである。勉強している時間があるなら、「仕事」に出ていたほうがいいということである。この「仕事」は、日本のゴミ袋(約40リットル)より一回り大きな袋に、鉄くず、プラスティッ* N、ペットボトルなどを袋いっぱいにして、約20円(2000ドン)にしかならない。ベトナムでは、20円だとモンキーバナナ1房の値段にしかならない。ベトナムでは、この「仕事」についている人々は多い。市内を歩いていても、学校建設地、予定地に行っても、必ずこの「仕事」をしている人々がいる。それだけに激戦である。一日「仕事」しても、ほとんどゴミなどは集まらない。この話を聞いたときには、貧しい地域に学校を建てているということを知りながらも、そして、子供たちも家計のための大切な働き手であるということは理解できるのだが、愕然とすると同時に悲しかった。せっかく学校を建設しても、なにも変わってないような気がしてならない。しかし、確実に変わって行くはずである。 この、愕然とした理由には2つある思う。古い校舎が新しい校舎になっても、相変わらずそこに存在する「貧しさ」について、もう一つは、学校を建設していい気になって「感動していた自分」についてである。この2つの根は深い。それだけに、学校(予定)建設地には常について回る問題である。「貧しさ」について、NVCが何か援助をするべきというのは早計であるが、常に頭にいれて行動しなくてはいけないモということである。「感動していた自分」については、後段で触れたいと思う。

配分金について

 VFP第2号の学校建設には、郵政省の「国際ボランティア貯金」からの寄付金が配分された。これは、NVCが一歩前進したと同時に、その先の歩みにたいしての「おもり」のような気がしてならない。WOCAとの交渉で、必ず激論となるのがこの「国際ボランティア貯金」に関してのことであった。当然ながら、計画書を郵政省に提出して審査された後に配分され、配分金使用後報告書を提出する。最初に提出した計画書を変更するには、変更届を提出しなければならず、認定されないとその配分金を変換しなくてはいけない。人々の郵便貯金の利子の20%を集めて、限られた資金の中で配分されるということは重々承知しているのだが、私のように「予定は未定」と考えている人間には、非常につらい。WOCAをも巻込み、必死になって「予定」と合わせようとする。果たしてそこまでする必要があるのだろうか。「必死」になる方向が違うのではないだろうか。ベトナムでは、学校建設する際に、設計図を作らずとも立派な学校が出来上がる。私は、そのようなベトナム* ャの考え方をする人々に対して、「日本流でお願いします」、と「平気」で言い続けてきた。どちらの考え方が優れているかの問題ではない。そう言い続けていた時、私は確かに日本でなく、「ベトナム」にいたのだ。第4号プロジェクトが、「国際ボランティア貯金」からの配分金ではないと言ったとき、「日本流」の申し出に「必死」で答えてくれたWOCAのメンバーの、ほっとした顔が今でも忘れられない。今回の経験は、NVC、WOCAの双方に大変参考になったはずである。(NVCのプロジェクトに、どのような影響を与えたのかということについては、『ベトナム未来プロジェクト』に収録されている、前田有樹「常駐体制」のp137〜141、必読) この配分金によって、NVCの活動に幅がでてくるのだから、べつにこの「おもり」を全部はずせと言っているのではない。以上に述べてきたことは、単に、WOCAと郵政省の板ばさみにな* )チた、私の愚痴である。愚痴ではあるが、これからいかに「おもさ」をとって、NGO独自の身軽な活動が出来るように、「おもり」を促進要因へと変えていくのかということを考えていかなくてはいけないのではないだろうか。

さいごに

 VFPについて、2つのことについてしか書けなかったが、ここではこれまでの反省も踏まえ、私がNVCに関係するうえでの抱負についてまとめてみたい。
 最初に、先ほど述べた「感動していた自分」に関連することについてである。多賀秀敏教授が、『ベトナム未来プロジェクト』の「はじめに」で、「(前略)くじけそうになると、だれもが最初の感動に立ち戻ることを忘れていないからである。金儲けでもなく、名誉でもなく、義務でもなく、感動から出発している。」と書いている。この一説は名言である。話しは変わるが、私が、ベトナムであった友人の一人に、孤児院でボランティアをしている男性がいる。
彼は、ある年の正月に神社を15 箇所以上周り、神の啓示を聞き、すべての家財を売り払いボランティアをやりはじめたそうである。こういうボランティアのやり方もあるのかと、ある意味尊敬してしまった。私には出来ないことである。しかし、彼は最近婚約し、必要最低限度のお金が必要であることに気づいたとも言っていた。話しを戻そう。
私は、感動は一つであるかのような錯覚に陥っていたのである。私の頭の中で、学校という建物だけが、地域の人々から分離してしまい強烈なイメージだけが浮かび上がっていたのである。これでは、本当の意味の活動が出来ない。これからは、目に見えるものばかりでなく、目に見えないところから、NVCの会員の皆様と一緒に、新しい感動の種を見つけていきたい。プロジェクト地を訪れる人がさらに増えることを希望する。そして、一緒に様々な感動を見つけ、さらに感動を深めていきたい。
 次に、個人的なことだが、現在私は東京に住んでいる。そのため、ベトナムでの活動報告について、直接会員の皆様にお知らせできないという状況がある。『ベトナム未来プロジェクト』を読んで、そのことの不十分さを痛切に感じた。これから、時間のできる限りNVCの会合に参加して、会員の皆様との* 流をしていきたい。それと同時に、このような文章で、少しづつ報告していこうと考えている。それには理由がある。ベトナム帰国後、よく「ベトナムはどうだった。どこがよかった」と質問されると、「よかったよ、うーん全部かな」としか答えない私の性格がある。そのために、文章として表現したほうが、案外伝わるであろう。
 最後に、是非、スタディーツアーに参加されて、より多くの皆様が現地を訪れることを期待する。感動をより多くの方と分かち合うとともに、カウンターパートのWOCAにNVCの関心の高さを示すことにより、「信頼関係」がより強くなると考えるからである。WOCAのメンバーは、私から見れば祖母のような年齢であり、数々の戦争を乗り越えられてきた強靱な精神を持つ方です。「孫」のような私が言うことに、彼女たちが誠実に対応してくれるのも、多賀先生をはじめとする会員の皆様の関心の高さが支えになっているからである。


ベトナム未来プロジェクト中間報告(「かけ橋」第11号:1997年11月11日発行)
【ベトナム未来プロジェクト実行委員会からの中間報告を掲載します】

この間のVFPについて中間報告(文責:VFP実行委員長多賀秀敏)
                                            970916作成

1 ST19及びVFP−X開校式、福田氏の滞在調査にあわせて、VFPI〜Xのレビューを行った。


1−1 VFPI Hamlet7,Bibh Hung Hoa V.,Binh Chanh D.96.05.27 $12,000
 1)校舎は、十分使われており、子どもたちも元気に勉強している様子。
 1)他のファンドで旧校舎跡に新築、比較的大きな教室がひとつ付け加わった。
 2)コンクリートでうった校庭に穴があいており危険。
 3)水設備が投げ出されている¢
 5)3)と4)については、村人が直すとのこと。確認のために写真を送る。
 6)トイレは、中をみられなかったが使用されている(調査中ずっと使用中であった)。

1−2 VFPU  Hamlet2,Phuoc Kien V., Nha Be D. 96.09.05 $14,000
 1)枝舎は十分使われている。
 2)設備も十分整っている。
 3)子どもたちは熱心であった。
 4)コンクリートでうった校庭のはじがやや音が悪いので要注意。
 5)周辺が民家が迫っておりかつ水があるため、一見不衛生な状態。
 6)謄写版プロジェクトで大人用にも使えることが実証された。
VFPVに移動するために頭の部分しかいられなかった。ワークショップなので、自己紹介から始まれば、どの先生がどこの学校かがわかったのだが、説明から入ったために、それがわからず残念であった。

1−3 VFPV Phuoc Loc V., Nha Be D.           97.01.31 $14,000
 1)校舎は十分使われており、先生方も若くやる気がある。
 2)Thaoさんの案内で水設備をみた。
   地盤等の関係で井戸が掘れないため清潔な水を買う。
   大ガメに入れて保存。1〜2週間。衛生上問題なしとのこと。
 3)裏の壁に亀裂。補修済み。
 4)トイレ設備もOK。
 5)思ったよりも枚庭が広くとれている。

1−4 VFPW Hamlet 1, Donb Thanh V.,Hoc Mon D., 97.06.16 $15,000
 (藤崎小学枚:200万円)
 1)やはりもっともよくできている。休み明けから開校。
 2)ロッカー、本棚、トイレ用水設備を点検。OK。時計もOK。
 3)薬箱が空。学期開始とともに入れる。
 4)細かい領収証を点検中。

1-5 VFPV Hamlet2,Tan Nhat V.,Binh Chanh D., 97.09.05 $15,000
1)9月5日に開校式。
 2)かつての保育所を改築しているので小学校としては規模が大きい。
 3)村長の努力を評価。資材運び入れが困難。村人が手伝う。
   NVCの訪問時に必ず村長が出てきて話す機会があったのは始めてである。
 4)Thanさんは、壁の色、タイルの模様が気に入らないとのこと。
   WOCAが定期的に監督していない証左でもある。
 5)プレークのスペルに誤り。
 6)訪問時にトイレは完成していなかったので、みていない。
 7)訪問時に水設備は完成していなかったので、みていない。
 8)細かい領収証待ち。

2 VFPYについて

2−1発端
 1)VFPW開校時に訪問した際、これまでの評価と今後について意見交換
   高橋代表、多賀委員長、Than副会長
 2)NVCから通常小学校建設は年1校が限度と提案
 3)それでは次は、同じ予算で0pen HouseをとThan副会長から提案
 4)提案のあったMaiAm Ba Chieu(一件を持ち帰って相談)
 5)その後ファックスのやりとり
 6)NT21が基金づくりキャンペーンをかって出る
 7)実行委員会・運営委員会で今年度プロジェクトに組み入れ
   NT21の不足分をNVCが補う。
 8)Tuyen副会長がスリランカから帰国し、予算の細目や周辺的情報がはいる。
 9)福田氏が現地で他団体も含めて精力的に調査。

2−2 調査
 1)STの折り、男子の0pen Houseについて(Tan Binh District,Ward12)
     谷口運営委員が『ベトナム未来プロジェクト』で詳述
 2)福田氏(96、97)(報告は本報告最後に別記)
     とくにSunlight 0pen Houseも支援が必要という示唆
 3)関訪問団 970818〜20
 4)多賀チーム(多賀、嘉村、磯部、福田) 970901 Mai Am Ba Chieu Open House、Sunlight Open House
 5)高橋チーム 970905  開校式の折りに訪問
 6)文献

2−3現状
1)ストリートチルドレンとは(Children of the Dust,p.28,r−29,l)
 Group1 定住先なし、家族・保護者なし
 Group2 家族・保護者と街頭で寝る
 Group3 家族・家あり、ただし昼間は街頭にでて夜戻る、ギャングや小犯罪
 2)その数
  WOCAによると
     ベトナム全土で20万人(WOCAのファックス)
 労働傷痍軍人社会問題省によると、(Children of the Dust,P.28,l)
   ホーチミン17000 ハノイ 600 ダナン 3500 フエ1500
 国連児童基金世界子供白書(1995、30頁)
     全土で2万2千人、児童売春2万人
  ホーチミン市では約60のオープンハウス
 3)Tan Binh Open House (WOCAのファックス+谷口報告)
 1994年8月
  30名の男子受け入れ
  すべてスイスのNGOが支援
  建築に3万2千ドル、その後5年間契約で、年1千ドル経営費
  以下、谷口良「ベトナムで出会った子どもたち」
     『ベトナム未来プロジェクト』73〜75頁から抜粋

オープン・ハウス
 WOCAは、5つの事業を行っている。その中の1つがチルドレン・プログラムである。私たちがWOCA副代表のリンさんに案内されて見学したオープン・ハウスは、その1つで都市部に住むホームレスの少年たちのための施設であった。
 到着するとすぐさま少年たちと対面した。お菓子のお土産を渡す。すると、年長者が一番おいしそうなお菓子を私たちに、残りを少年たちに配った。その心遣いにアジア共通のものを感じるとともに、そのようなつもりではないのにと胸が痛んだ。
 子どもたちから質問を受けることにした。年長者から、「日本は世界で一番金持ちですが、日本の暮らしはどうですか」。「外国へ行くことがないので知りませんが、日本の教育制度はどうですか」。「富士山はきれいですか」などと質問された。また小学生から、「何のためにベトナムにきましたか」と聞かれ、度肝を抜かれた。
 少年たちは歌をいくつも歌ってくれた。とりわけ年長の少年はベトナムの歌を独唱してくれた。声に伸びとつやがあって、実にうまかった。私たちもお返しに「かえるのうた」を歌った。
 元中学校長で、この施設の主任のニャー先生(女性)は、少年たちが頭がよいことを強調していた。途中、小学3年生くらいの少年が買い物から帰ってきた。食事の材料の買い出しも調理も掃除も自分分たちでやっているとのことである。少年たちはいずれも素直で歯切れよかった。しかし、目が悲しかった。

 オープン・ハウスは近年設立されたばかりで、7歳から18歳までの少年が、21名生活している。一人1日4000ドン(約40円)の経費がかかる。その運営資金は、外国からの支援 や、ホーチミン市からの補助金でまかなわれている。ちなみに、日本からのODA援助は受けていないとのこと。部屋は、二階にあり、教室、炊事場、寝室の3部屋があった。いずれも質素で あるが、きちんと整理整頓きれ、掃除が行き届いていた。寝床は、粗末な二段ベッドで、寝具は、ござ1枚以外なにもない。職員は4人で、勉強を数え、生活指導をやっている。給料は1か 月40ドル。文科大学の学生も1人いて勉強を教えていたが、卒業後もこの仕事を続けるつもりだと語っていた。
 これまで、少年たちは学校に行けなかったが、今年から行けるようになったとのこと。中学校を卒業したら専門学枚へ行くという希望も語った。少年たちは今学校で勉強するほかに外へ働きに行く。働いて得たお金は全額オープン・ハウスに渡し、生活の足しにするという。仕事にいく ために少年たちは全員自転車を持っていた。今年初めてオープン・ハウスから1名が自立して、WOCAの紹介で彫刻の仕事に働きに出ているという話を聞いた。WOCAの活動がたしかに息 づいている一端を見た思いがした。 
 もし次回に行く人があれば、お願いがある。ニャー先生は、一人少年を立たせて、その子は親がいつ亡くなったか等々、本人の前で説明してくれた。それは、本人の表情も暗くなり、聞くに 耐えなかった。そういう説明は不要の旨、WOCAの案内者に事前にお願いし、われわれが訪問することによって少年たちを悲しませることのないようにしていただけるとよいと思った。

 4)Mai Am Ba Chieuの子どもたち(WOCAのファックスと聞き書き)
  所在地:146/59/18/26 Vu Tung alley,Ward 2,Binh Thanh Dist.
 1996年5月
 現在20名の女子 調査によりBa Chieu市場周辺のストリートガールを保護
   孤児ないしは離婚した両親に捨てられた子どもたち
  17人が15歳〜10歳、3人が6歳〜8歳
  ニュージーランド大使の寄付
   6000万ドン=5500ドル・年
   200万ドン・月 賃貸料
  2名雇用:一人は寮母で調理、一人は教育担当
  3名の責任体制:一人はWOCA、一人は地区、一人はウォードの婦人同盟
  支給細目
   月一人15万ドンを上限に十分な栄養をとる
  テトには、WOCA及び他の寄付者が少額与えてよりよい食べ物を買わせる
  寄付者から制服1着、WOCAから毎日着るパジャマを2着
   ミニ図書館、薬箱、玩具、ミシン(WOCAの財産)
  20名の就学状況
 4名 高校 G6,7,11            1名 補習校 G7
10名 ドロップアウトのための特別校       5名 字が読めないためにオープンハウスの学校
その成績(第一学期)
 2名 優(平均8〜8.8/10) 8名 良(7〜7.5/10)
 5名 普通(7/10以下)   5名 字が読めなかったが今は読み書きできる
 
職業別練
 4名 裁縫と編み物クラス  10名 ナイロンダスターの作成
 子どもたちはなお宝くじ売りや果物野菜のくず売店で下働きをせざるをえない

日常活動
 5班に分かれ班長を決めて交替でハウスの手伝い(食事、掃除など)
 生活はハウスの決まりと時間割にしたがっている

毎週、青年組織最(Youth Organisation)かソーシャルワーカーがきて指導をする
6月1日国際こどもの日、クリスマス、新年には
     市の子供まつりに参加、ダムセンコンプレックスでの野外活動
 環境保護のための子供コンテストで一人が地区3位に入賞

その他
 この1年間で3名がビニール袋拾いの仕事に戻りたいと申し出た(→家族)。
 代わりに3名新たに入居。
   <以上WOCAとのファックスでの質疑応答から>
将来                           
15歳を過ぎると奨学金で職業訓練学校へその後就職
子どもたちの現状と希望(16名にきく)
 両親がいない     ほぼ全員 離婚1名
 入居前外で寝ていた  2名        ゴミを拾っていた  4名
 宝くじ野菜売り     ほぼ全員    
 文字を書けない     2名
 勉強が好き     ほぼ全員      勉強が嫌い   1名
 ミシンが使える    1名         編み物ができる   3名
 ダスターをつくれる  全員(材料費4000ドン、8000ドンでうる)
 泳げる        8名          子供が産める  3名
 歌える        全員          マラソン    全員 (一人地区大会で優勝)
 大学へ行きたい:全員
 先生になりたい      9名      医者 1名
 警察官          6名        新聞記者(欠席) 1名
 政府の役人(公務員)   0人

履歴1名(WOCA事務所で970903)
    氏名 Pham Thai Hoang Oanh
    出生地T忙MC 年月日1985ル6/15
    住所(ホームレスになる以南)なし
    教育レベル 7/12
    健康 正常
    家族構成
     父 Pham Thai Hoang(58歳)事故のため障害者
     母 Nguyen Thi Tieng(19992年に死亡)
     兄弟 妹1 弟(1989年生まれ)
      96年5月からWard2の婦人同盟の推薦によりオープンハウスメンバー
    希望 WOCAから支援を受けて学校に通いたい
    将来 教師を志望
    関心事 趣味 歴史書、英語
5)Sunlight Open House(HCM3区)の子どもたち(聞き書き970901)
 中2階を含む3層 多いときで30人
 1階は、狭い食堂と(テーブル椅子が2〜3セット)シャワールーム
 中2特は、管理人と他1名が利用、事務机と椅子1セット
 2階は、タイル張りの広い部屋 家具寝具はいっさいなし
    +ベランダ(洗混物)
 行政から派遣(?)されている男性は24歳、24時間勤務で子供の面倒をみる
 聞き書き(特定できない部分や不正確な部分あり)

ユン
 1980年生まれ、フエ出身、10年近くいる
 4歳の時に両親につれられてきた 駅で拾われた
 父は農業、母はなくなった 学校には行っていない
 宝くじ売りで一日5000〜10000ドン 靴磨き
 バイクのメカニックの専門学枚に行きたい

ドウン
 13歳(12歳?) 南部から
 両親が亡くなった
 小学校3年まではいった
 奨学金を月10万ドンもらっている

ファンアン(?)
 15歳、ハイフォン近郊 2年 母が亡くなった
 靴磨き 晴れた日は10000〜30000ドン 1組2000ドン
      雨の日はほとんどなし 稼ぎのない日は昼食をぬく
 1年前に入った(2年目) 学校に行きたい
 将来は教師になりたいがダメなら工場で働きたい

インチヤム(?)
 15歳、ダラーク出身 2年 学校には行っていない
 コーヒー店
 父親が小さいときに他のところにいった

全員
 「ここにいることが幸せである。なぜなら安全だから」
 最もほしいものは「安定した食事」(日本流にいうなら3度3度の食事か)

履歴2名(970903WOCA事務所で)
 氏名 Nguyem Van Dung
 1981年生まれ フエ出身   教育 Grade1
 家族構成 父Nguyen Van Hung   農民   母 死亡
 家族があまりに貧困なため1994年にHCMにでてきて靴磨きで生計を立てる
 将来 バイクの修理の仕事を学びたい。お金が貯まれば故郷に帰りたい。
 氏名 Tran Anh Cuong
 1985年生まれ Dac Lac(Lam Don Province)出身 教育 Grade3
 家族構成 両親とも死亡 親戚もなし
 宝くじ売りで生計を立てる
 将来 慈善団体から支援を受け学業を継続したい。職業訓練教室に通いたい。

2-4 基金等の現状
 1)NT21、8月から「いきいきワイド」でキャンペーン開始
   NT21、9月から中継現場に募金箱とのぼり
   500回記念に局舎前でバザー
   9月3日現在で30万円強
   3回にわたって東南アジア報告を放映
 2)970913『新潟日報』夕刊でバザーに関連して記事掲載
   970913『新潟日報』朝刊から毎土曜日「アジアから新潟をみる」掲載
 3)北高校から寄付の申し入れ

2−5協力の株要
1)VFPYとしてMai Am Ba Chieuを支援する。
2)来年4月に追い立てをくうのでそれ以前に新しいハウスを購入する。
3) 現状でのケアーを耗拝する。
 寮母1名 先生1名
4)新しいハウスにこれまでになかった家具を入れる。
5)予算はそれぞれ2)2万ドル、3)5千ドル、4)5千ドル
6)WOCAは、3)について数年間分を期待している。
7)在ベトナム・ニュージーランド大使の個人的支援が5千ドルある。
8)協定書はまだ交わしていない。


2−6VFPZについて
  1)福田氏の観察では、Sunlight Open Houseも緊急に支援を要する。
  2)行政や他のNGOも恥e几Houseをてがけている。

3 VFP[について

3−1暫定的な小学校リストが3校挙がってきている。(970903MmeTuyenから)
 1)Hamlet3,Pham Van Coi Village,Cu Chi Province
     Cu Chi Provinceは、HCMから約40キロ。
     集落人口 1922
     433家族を除いて大多数が農民
     15歳以下人口 485
     学校教室がないために就学できない子供 65
     ドロップアウト 30
     読み書きできない子供13
     建設予定数地 8000m2
     現在5教室あるが2教室さらに必要。WOCAは分校を作ることを提案。

  2)Hamlet6b,Binh My Village,Cu Chi Province
     Cu Chi  Provinceは、HCMから約40キロ。
     集落人口 12307
     15歳以下人口 3818
     学枚数室がないために就学できない子供105
     ドロップアウト 144
     建設予定敷地 3080m2
     Hamlet6bは、Binh My Villageで最大の人口密集地。
      したがって学校を建てる必要性が大である。
      子どもたちは現在遠く離れた学校に通っている。
     WOCAは分校を作ることを提案。

  3)Bin Phuoc Hamlet,Bin Khanh Village,Can Gio Province
     Can Gio Provinceは、HCMから約35キロ。
     集落人口 ]]]]
     15歳以下人口 3818
     学校教室がないために就学できない子供 不明
     ドロップアウト 203
     読み書きできない子供(ただし6裁から14歳) 69
     建設予定数地 900m2
     大多数は農民である。WOCAは、分校を作ることを提案。

3−2 対応
 1)WOCAからの正式の資料待ち
 2)上記3カ所にいくつか加えて調査の要あり。
     とくに村側の対応や、婦人同盟の対応なども含めて。

4 フンボン大学奨学金について

4−1 経緯
 1)1996年11月に訪問
 2)福田氏を通じて照会あり
    担当は、Hoang The Tam, Department of Planing&Development,
            Hung Vuong University
        Office:736Nguyen Trai St.District5,HCMC, 8576965
        Home:62 Ng. Hong Dao St.,Bao Cat,Tan Binh Dist.8426479
    夫は、日本語の教授である。
    今回謄写版の通訳をやったダン君は彼女の高校教師時代の学生
 3)970616 大学で副学長に資料を準備してくれるよう要請
 4)970620 Hoang The Tam女史と会うが副学長から話が伝わっていない。
     改めて以下の7項目について要請
     (1)大学のプロスベタタス
     (2)奨学金についての規約、財団を作るつもりはあるか(基金化)
     (3)なぜ必要か、学生が貧しいというがその定義とその証明の方法
     (4)学生の状況、何人かピックアップして具体的に
     (5)なぜ暮らす一人+半分を二人とするか
     (6)いつ始めていつ終わらせるか
     (7)その他説明の要ありとするデータ
      補足的に個人的見第として以下のように述べた:
      WOCAとの学校建設・オープンハウス・謄写板プロジェクトもすべて
      その都度何度も委員会を開きファックス等で質疑応答を重ねてやっている。
      現在は、NVCは学校建設・オープンハウス・謄写版で手一杯である。
      過度の期待をもつべきではない。
      他の機関にも申請すべきである。
      アイデアとして里親制度的なものも検討してはどうか。

  5)970601 Hoang The Tam女史と再度会う。
     (1)OK   (2)OK  (3)不十分
     (4)1名について写真付きでレポートが挙がっている(別記)
     (5〜7)不十分

4−2申請株要

 1)1996年〜1997年奨学金計画
     フンボン大学には2000人の学生がおり、19のクラスがある。
    授業料は年間250万ドン(230ドル)である。
    19名に授業料全額を支給する 230*19=4370ドル
    38名に授業料半額を支給する 203*1/2*19=4370(ドル)
    合計8740ドル

 2)女子学生寮設備補充計画
   本棚(3)、書籍(100冊)、テレビ、ラジオカセット、電気扇風機(4)
   日除け(2)、ベンチ(6)、水清浄器(2)、蚊帳(40帳)、
   テーブル(4)、椅子(24)、グラス(4ダース)、薬箱、
   薬(12カ月分)、新聞・雑誌(12カ月分)
    (個別の価格は略)合計10830000ドン(1000ドル)

4−3対応
 1)VFP委員会・運営委員会とも、現段階では紹介したのみ。
 2)4−1・5)・(4)の学生については、
    新潟県青年リーダー海外研修団長石本勝見氏
   (新潟県福祉保健部障害福祉課参事課長補佐事務取扱)にアイデアを照会中
 3)4−1・5)・(4)の学生は:
    氏名 Phan Ngoc Son
    1976年8月10日(あるいは10月8日)生まれ
    写真によると、障害があり、松葉杖による生活。
    レポートがベトナム語のために詳細がわからず英語版を要請。
 4)自動的に全体に給付するのではなく、
    上記学生のような場合、特定のケースにしたがって、
    卒業まで4年間里親(個人・団体・グループ)などの紹介を行う方法はどうだろうか。
    その際、日本語科の学生を使先して曳鶉とのコミュニケーションを義務づけ勉学の励みとするなどはどうだろう。

5 福田報告

以下に今回(970808〜0907)滞在中の調査報告を掲載する。すでに述べた点と重複する内容もあるが、全体を掲載する。

NVCとWOCAの活動について

5−1 WOCAとNVCとの関係について
・WOCAとNVCは、これまで地方(HCMC)における学校建設を中心に活動をすすめてきた。
・96年5月通称Hamlet 7に学校建設(VFP#1)
・96年8月Phuok Kien村に学校建設(VFP#2)
・97年1月Phuoc Loc村に学校建設(VFP#3)
・97年6月Hoc mon村に学校建設(VFP#4)
・97年9月Tan Nhut村に学校建設(VFP#5)
・97年9月謄写版プロジェクト

・すべてのプロジェクトの際に、必ずNVCの会員による現地調査、NVCでの報告、会員による討議が行われる。その後、会員の討議をもとにして、プロジェクトを開始する。プロジェクト終了後も不定期に視察を行い、終了後の問題点、今後の可能性についての報告が行われる。
・NVCとWOCAの間の関係は、今のところ良好である。VFP実行委員とWOCAのメンバーの個人的な信頼関係は、極めて良く、これからも良い関係を築いていくだろう。

5-2 WOCAのオープンハウス(孤児院)支援について
・現在NVCは、WOCAによるオープンハウスの運営とHCM市における孤児、孤児院の調査を行っている。
・現在、WOCAは2つのオープンハウスを支援しており、今後、もう一つのオープンハウスを支援する予定である。1つは、30人の少年用で、Ta n Binh地区にある。このオープンハウスは、スイスのNGOによる支援により、適切に運営されている。もう1つは、20人の少女用(Mai Am Ba Chieu)のオープンハウスである。このオープンハウスを、VFP#6としてNVCが支援する予定である。最後の支援予定のオープンハウスは、16人の少年用のオープンハウスである了。(Sunlight Open House)

5−3 Mai Am Ba Chieu(20人の少女用)について
・このオープンハウスには、現在20人の少女が住んでいる。彼女たちは街にいるところをソーシャルワーカーによって、オープンハウスに連れてこられた。過去の栄養不良を物語るように子供たちの体は非常に小さい。すべての子供たちは、日本の同年齢の子供、ベトナムの同年齢の子供と比較しても、非常に小さい。
・このオープンハウスの子供たちは、現在定住する家を持っていない。これまで借家をして暮らしてきたが、賃貸契約が切れると(約一年間の契約)、引っ越しを迫られる。これまで2回引っ越しをしてきた。
・現在も借家住まいで、97年5月から98年の4月までの契約期間である。 WOCAの予想では、98年4月には、新しい住まいを探さなくてはならないということである。家主の契約更改をされるのは、子供の日や旧正月、外国のNGOが見学した際にセレモニーを行い騒々しいというのが、主な理由である。現在の家は、1楷を家主が使用しており2・3階をオープンハウスとして使用している。
・契約のときに1年分の賃貸料を前払いしているため、契約期間に退去する場合には、1カ月前に家主に告知しなくてはいけない。その際には、前金のうちの一部が返却される。NVCの支援が決定次第、WOCAは新しい中古の家を探し始める。
・2階は、20人の子供たちの部屋が1部屋。この部屋で、食事、睡眠、さまざまな行事を行う。もうーつは、先生用の部屋で4畳半ぐらいある。子供たちが病気になったときには、この部屋で寝る。3階は、屋上と台所になっており、人が生活するような場所はない。
・現在の家賃は、2つのフロアとトイレで、一ヶ月−150$である。(WOCAが支出している。)
・NVCが支援(20,000$)した場合、WOCAは新しい家を買うことができる。4*16mの2階建の家
・現在、このオープンハウスを支援しているのは、NZの大使で、個人的な理由(WOCAとの共通の友人がいる)によるものである。契約その他は特にない。この大使は去年5,500$、今年、5,040$の支援を行った。毎年、NZの大使に個人的に依頼している。大使は、VNにあと3年間滞在する予定である。この大使は、ハノイに滞在している。
・このオープンハウスの支援については、以下の3つのことがある。

(1)家の賃貸料(購入費)+設備費(机・椅子・ペット)   (2)食料+教育費
(3)フォスターマザーに対する給料
→(1)(2)は、NZの大使が支援している。
 NVCは(1)+奨学金(後述)、3年後には(2)+(3)の支援も考えられる。
・子供たちは、小物を作って生活している。この小物によって生計を立てているというよりは、職業訓練も兼ねている。
・売値(8,000VND)−材料費(4,000VND)=儲け(4,000VND)
(参考)たばこ1箱  約10,000VND  コーヒー1杯 約 4,000VND
・このオープンハウスには、教育担当者とコックの2人が24H住んでいる。この教育担当者が、読み書きのできない子供たちの教育を行っている。コックが1日3度の食事を作っている。健康診断も行っている。
・職業訓練を行っている。4人が編み物、縫製の訓練をしている(ミシンが4台ある)。10人がナイロン製の小物を作っている。

5−4 Mai Am B a Chie uの子供たち
・10才〜16才までが17人、6才〜8才までが3人の合計20人が住んでいる。
・4人が中学校
 1人が小学校
 10人が小中学校中途退学者のための特別学校
 5人が読み書きのための学校
・彼女たちは、両親とも病気でなくしたり、両親の離婚によって捨てられたり、両親がいるにもかかわらず、家庭の生計のために捨てられた子供たちである。このオープンハウスに来る以前は、野菜を売ったり、靴磨きをしたり、宝くじを売ったり、ゴミ拾いをして暮らしていた。
・16才まで、オープンハウスにいることができる。13才ぐらいから、職業訓練センターに行くことができる(無料)。子供たちが、高校、大学に行くためには奨学金を得る必要がある。その奨学金がない限り、進学の道を断念し、職業別練センターに行き職を得ることになる。子供たちは、高校、大学に行くのを望んでいる子供たちがいる。この子供たちのノートを見たが、かなりまめにノートを取っている。このオープンハウスの子供たちは、医師、教師、警察官、公務員になるという夢を持っている。

1人の孤児の具体的な経廣(WOCAの報告による)
名前  PHAM THAI HOANG OANH
誕生日 1985/06/15(17才) 出生地 ホーチミン市
以前の住所 なし
学年  7年生(ベトナムでは中学校2年生、日本では中学校1年生)
健康状態 普通
家族の状況 父(58) 事故のために働くことができない母 死亡(1992)
        兄弟1人の妹と1人の弟(1989年生まれ)   長女である。
家族の状況 家族は貧困であり、住む場所がない 
オープンハウスに来た理由 2区の女性同盟のメンバーのすすめにより、96年5月にオープンハウスへ
現在必要なもの 学校に行き続けるためのWOCAからの支援
目標 先生になる
趣味 歴史の本を読むことと、英語の勉強

5−5 Sunlight Open Ho useについて
・現在HCM市、3区の政府、児童福祉基金(Cbild Welfare Fundation)が管理している。
一この児童福祉基金は、一般的な家庭における児童福祉についての活動を行っているが、孤児の支援のほうには手が回らない。
・孤児の支援をやめる理由は、資金不足のためである。
・3区には、200人ぐらい(3区の政府が把捉している数)の孤児がいて、サイゴン駅などにたむろしている。

・HCM市には、推定約1,000人以上の孤児がいる。日々、孤児がHCM市内に流入してくるため、正確な数の把握は難しい。
・この役人の名前は、(8月13日に会合をもった。)
  PHAN ANH NAN(1959生まれ)
  3区の児童福祉基金の副代表
  □ 8398837
  DOAN ANH KOIT(1972生まれ)
  孤児院の管理、運営をしている(政府により瀬遣)。24H、オープンハウスに住んでいる。
・現在16人の孤妃が住んでいる。
・政府は、家だけ(3階建とトイレとシャワー)を孤児に与えることができる。
1階 机だけある広いスペースとトイレと風呂(電気設備は、非常に悪い)
2階 仕事場+先生の窺室(何もない)
3階 寝室(何もない)
・子供たちは、寝るときは冷たいタイルの上にござを敷いてその上に寝る。電気設備は蛍光灯一つだけであり、扇風機などの電気設備はあまりよくない。
・子供たちは、1日1回の食事(夕食)しか与えられない。朝、昼食は、由分たちで嫁いで食べなくてはいけない。嫁ぎがないときは、 近所の屋台の人々に前借りのような形で、食事をとらせてもらい、後支払いをする。
・朝早くから、夕方5時まで、子供たちは働きに出ている。子供たちの職業は、宝くじ売り、靴磨き、ゴミ拾い、新開・雑誌売りである。子供たちの稼ぎは
  良い日 1日に1〜2$   悪い日 0$
→この仕事の際に、縄張り争いなどの問題がある。
・現在、1人の男性(KOIT、前述)だけ住んでいる。
・時々、大学生のボランティアが勉強を教えている。
・NVCが支援した場合
 修復費 5,000$ 設備費 5,000$
 運営費 19,500$(6,500$×3年間) 食事、教育費、給料
 その他    500$
 合計  30,000$(孤児の数によって金額は変化する。)
500×3年間)食事、教育費、給料
・NVCが20,000$支援した場合 20人で3年間
・NVCが30,000$支援した楊合 30人で3年間

5−6 Sunlight Open Houseの子供たちについて

・現在、このオープンハウスには、16人の少年が住んでいる。
●このオープンハウスの子供たちも、両親が死んだり、両親の離婚、片親の再婚、貧困のために捨てられた子供たちである。子供たちの出身は、北部・中部・西都・メコンデルタなど様同じである。
・16才までは、孤児院にいることができるが、それ以上になると3区の職業訓練学校(無料)に行かされて、職を得ることになる(なかなか職を得ることはできない)。職を得てからは親類がいる場合には家に帰されるが、親類がいない場合には、政府が13才ぐらいから職業訓練センターに行かせる。16歳以後は、政府の別な場所で寝泊りできるがそれ以後はストリートに戻っていく。
・ひどい環境にいるわりには、少年たちの顔は明るい。しかし彼ら(高校生以下の少年)は、靴磨きを職業としているものは人の足元を見て暮らしており、宝くじ、新開・雑誌売りの少年は、人の顔色を見て暮らしている。

2人の孤児の具体的な経歴(WOCAの報告による)

名前 NGUYEN VAN DUNG
誕生日 1981年  出生地 フエ  学年 1年生
家族の経度 父 農業をしている  母 死亡
孤児になった理由 家族が非常に貧しいため、HCM市で靴磨きをしている
将来の目標 オートバイの修理エ、お金を稼いだら故郷に帰る

名前 TRAN ANH CUONG
謡生日1985 出生地 ダックラック   学年 3年生
家族の経歴 両親と死別。親戚もいない。自分で宝くじを売って生計を立てている。
将来の目標 慈善協会から支援を受けて、勉強を続けるか職業訓練学校に行きたい。

5−7 HCM市の孤児について
正確な孤児の人数を把握するのは非常に難しい。
・3区の役人はHCM市に1,000人以上
・WOCAも、1,000人以上と言っている。
.1997年8月20付けのPHU NU新開(婦人新開)の6面では、VN全土に200,000人のストリートチルドレン。HCM市には、9,000人。5,000人は依然としてストリートに住んでおり、4,000人は孤児院(NGOの支援による)に収容されていると言っている。
・Trung Tam Cong Tac Xa Hoi/Lien Hien Viet Nam(青年同盟)
住所145Pasteur Q.3T.P.HCM は、200人以上と言っている。
→この青年同盟は、外国人によるベトナム人児童への性的虐待の防止、売春婦の社会復帰を活動内容とている。

5−8 ベトナムにおける外国のNGOについて
・ベトナムで外国のNGOを管理している機関は、
 People's Aid Coordinating Committee Southern Representative Office(PACOM)
住所 31Le Duan St.Dist. 1 Hoi Huu Nhi内
電話 8296238 FAX 8222436
・ベトナムでNGO活動する場合は、ここに届け出なくてはいけない。したがって、PACCOMが知っているのは、政府に登録しているNGOだけである。登録しているNGOの数は、160団体である。
・この内訳は、PACCOM発行(ベトナム語版)の
 「Danh Ba Cac To Chuc Phi Chinh Ngoai Hoat Dong Tai Viet nam 1995−1996」(英語名は、"Directry of NGO in Viet Nam")をもとに作成。
アメリカ 75 イギリス    13 オランダ 12 フランス 10
ベルギー 8 オーストラリア 7 スイス 6 タイ 4
日本 3 ドイツ 3 カナダ 3 イタリア 2
香港 2 ノルウェー 2 スウェーデン 2 NZ 2
シンガポール 1 デンマーク 1 セネガル 1 (ベトナム) 1
不明 3 合計     160


5−9 Tan Nhut村(VFP#5)について

面積 2,316.8Ha
農地 2,014Ha
職業 90%が農家
人口 10,643人
世帯数 1801世帯(406世帯が、政府からなんらかの支援をもらっている。)
平均所得 2,000,000〜3,000,000VND
       日本円にして約20,000〜30,000円に相当する
15才以下の人口 3,342人 学校に行っている生徒数 2,533人
中退した生徒数
  1年生  55人 2年生 55人   3年生 57人
  4年生  87人 5年生 89人   合計 366人
読み書きのできない子供 29人
予定する生徒数(VFP#5)午前中 94人(他の地域から生徒が来るため、100人を越える)
                夕方 午前中の学故に参加できない子供たちのクラスがある。

以上。本報告書は970927のの運営委員会で承認された。



ベトナム未来プロジェクト11/キークワン寺(盲学校)支援について(「かけ橋」第12号:1998年12月21日発行)
ベトナム未来プロジェクト11

キークワン寺(盲学校)支援について


 NVCはこれまでの活動に加えて、1998年9月からまた新たなる支援活動を開始しました。これまでの支援が学校建設など「物」であったのに対し、これは「人」への支援を発想したものです。ベトナムの地でベトナムの未来を構想していい実践をしているベトナム人を支援して行こうという考えです。VFP11で支援する方はキークワン寺く(KQ寺)住職のThich Thien ChienさんとMai Van Phucさんで、現地スタッフとして活潅しているリンさんと時々ベトナムヘ飛んでいる運営委員の福田忠弘さんが見い出して来られた方です。

 キークワン寺の盲目の子どもたちの施設(略称;盲学校)は、ホーチミン市郊外Go Vap地区にあり、1995年から活動を開始しています。路上で生活している子どもたちの中でも、家族のない、家のない盲目の子どもたちを集めて(中にはごみ箱から拾ってきて)安全な住居と食事を確保し、世話をすることで子どもたちが安定した生活ができるようにし、さらに教育の機会を与えています。集まってきている子どもたちは4才から30才まで130名いますが、そのうち70名が盲目の子どもたちです。さらに盲目の子どもたちの中には知的障害や情緒障害、肢体不由由など他の障害を合わせ持っている子どももおり、その世話は大変です。

 子どもたちにかかる費用はすべて寄付やお布施でまかなわれ、定期的な支援金は受けたことがなく財政は厳しい状態にあります。NVCはこれまで調査を進め、8月にスタディツアーで訪問し、年間盲目の子どもたちにかかる費用の1/2を支援する契約を結びました。

 このプロジェクトにはいくつかの特徴があります。
1)長期的なプロジェクトである。
  数年でなく、10年、20年を単位として考えている。箱物ではなく、人が支援の対象なのでこれまでにない責任が生じた。

2)社会を変えることにコミットしているプロジェクトである。私たちは以下のよな構想を持っている。
 @構想を持って実践している人を支えていく。
 Aその地でよきリーダーが育つ。
 B社会が変わって行く。
 C照り返されて私たちの社会も変わって行く。

3)決定プロセスにも参画して行く。
 資金援助で終わることなく、また助け助けられる関係でなく対等でプロジェクトに参画し、共に悩み、共に協力し合う。
 NVC,盲学校両者はこのような構想に合意し、とりあえず1年間の契約を結んでプロジェクトはスタートしています。


VFP(ベトナム未来プロジェクト)最新情報(「かけ橋」第15号:2000年7月1日発行)
福田忠広会員

 ベトナムでのN V C の活動は、小学校建設というハード面を重視したプロジェクトから出発した。現在ではそれに加えて、貧しい人々、ストリートチルドレン、障害を持った子供たちの自立を助けるという、ソフト面のプロジェクトを行っている。これまでのキークワン寺の盲学校への支援は、食費や教育設備費を援助することが中心で、子供達に十分な栄養を与えることに主眼がおかれていたが、今年度からキークワン寺が新たに購入した農地に投資することになった。お寺のお坊さんが中心になって農地を買い、農作物を生産・販売することで、障害を持った子供たちやストリートチルドレンの生活を保証しようとしている。N V C はそうした自立が達成され次第同プロジェクトから撤退する予定である。

 もうひとつの社会食堂については現在も試行錯誤が続いている。この社会食堂は現地の女性同盟が管理しているが、運営費や子供達の食費を外国の援助に頼り切っている。外国の団体が援助を打ち切れば、子供達はまたゴミ拾いや宝くじを売る生活に戻るしかない。そうした問題は依然として残っているものの、昨年度から職業訓練のための資金を提供し、働ける年令に達した子供達に貸し出して数年後に返済してもらうというプロジェクトを開始した。
 
 N V C は、一人の専従職員も持たずにこれらのことを行っているが、これからの時代、個人や地域が国境を越えて結びつき、日常の生活のなかで自分達の時間と労力を社会正義のために使うことこそが重要になってくる。多くの人々が、長期間にわたり自分のできることを無理なく継続する「場」が必要であり、N V C はその役割を果たしている。V F P は、現地の人々の夢に援助を与えるプロジェクトである。新潟という小さな地方から、国境を越えて海外の人々の思いを少しづつ叶えているのである。

ビンフォック村の小学校開校を祝して
小堺英雄氏
(2 0 0 0 年4 月8 日 開校式でのスピーチより)

 皆さん今日は良い日です。新しい学校が出来ました。小学生の皆さんが今まで通っていた小学校は、自動車が沢山通る道路の向こう側にあります。新しい学校は小さな学校ですが、安全に通えること、家から近くなったことが良い点です。3 教室の校舎ですので、学年によって、午前と午後に分かれて授業を受けることになります。皆さん一生懸命勉強して知識と能力を身につけ、大人になったら恵まれた人生を送れるようになって欲しいと思います。

 今回、私と妻は、ベトナムの子供達のために小学校を作りたいと考えました。ベトナムでは小学校が大変不足していて、2 部授業、3 部授業が当然になっていると聞いたためです。しかし、私達が提供できる資金では3 教室の校舎しか出来ず、2 部授業が前提になってしまいました。そこで、私達の希望としては、これがきっかけになって、出来るだけ早い時期に、今度は、ベトナムの政府や地域の人達の努力によって別の校舎を建設し、日本の小学生と同じように、3 年生以上は午前も午後も授業が受けられるようになって欲しいと願っています。

 また、この小学校建設に当たって協力して頂いた、「N V C ・新潟国際ボランティアセンター」と「W O C A 」の皆さんに感謝したいと思います。私達にとっても、小学校が建設できたこと、ベトナムの人達の将来のために役立つことが出来たと思えることは、大きな喜びです。これから先、私達がベトナムに来る機会が無いとしても、沢山のベトナムの子供達が、毎年新入生になって、この小学校に入学し、勉強し、成長していく姿を、日本にいても想像できる喜びがあります。このような喜びを実現できたのは、N V C とW O C A のお陰ですので、この場でお礼を述べたいと思います。加えて、立派な建設工事を行ってくれた建設会社と労働者の皆さんにもお礼を述べたいと思います。「あり難うございました。」

 ところで、ベトナムに来て強く感じたことがあります。ベトナムに来たのは初めてです。日本にいても、ベトナムのことはテレビで見たりして可成り知っているつもりですが、実際に来てみると肌で感じるものがあります。それは、一口に言って、ベトナムは豊かな国だという事です。本当は日本より豊かな国だということです。現在は、偶々、日本人の方が、平均的に見れば豊かな生活を送っていますが、本来なら、ベトナム人の方が豊かなはずなのに、という事です。

 何故なら、ベトナムは太陽の恵みが多い国です。熱い国です。一年中作物が取れます。何時でも、何処でも、何でも作れます。食べ物に困ることはありません。日本は違います。寒い国です。私達が住んでいる東京は、ようやく春になりました。コートを脱げる季節になりました。N V C の人達が住んでいる新潟は未だ冬です。雪が降ります。海に面していて、晴れた日には佐渡島が見える新潟市は、雪は少ないのですが、海から冷たい風が吹き付けます。私が小学生になる前に、2 年半住んでいた新潟県の山の中の集落は、今でも一面の雪の中にあります。父親の故郷です。そこで生活するのは困難ということで、東京に出てきた場所です。物凄い豪雪地帯です。雪が沢山降る年は、この学校の屋根ぐらいまで雪に埋まります。雪は1 2 月から降り出し、融けて消えるのは5 月です。寒いし、思うように動けません。問題なのは、雪に埋もれる半年間は作物が作れないことです。食べ物がないと飢え死にしてしまいます。作物が作れない半年間をどうやって生きていくのか?これは大問題です。その上、寒さに耐えられる家を造り、分厚い衣類を確保し、沢山の燃料も確保する必要があります。そうでないと凍え死んでしまいます。冬の厳しさは大変です。それを乗り越えて人々は生きてきました。

 雪が多いのは新潟県だけではありません。冬の間は、日本の半分の地域は雪で覆われます。東京は、冬でも雪は殆ど降りません。晴れている日が多い地域です。しかし作物は作れません。気温が低すぎるのです。寒い朝は水が氷に変わります。

 日本は、本来は貧しい国です。生きていくのが難しい地域です。それでも、そこで生まれてしまった人間は、そこで生きていくしかありません。だから、日本人は、昔から一生懸命働きました。飢えないように、凍えないように、働き続けるしか方法はなかったのです。働くといっても、体を動かしているだけではありません。どうやったら困難を解決できるか、もっといい方法がないかと、絶えず考えながら、失敗を教訓に変え、他の人の知識や経験を学びながら、更に工夫を加えて働いてきました。その長い長い労働と学習の積み重ねの上に、現在の日本があります。日本人の教育熱心、学習意欲の強さは民族の特長と言えるでしょう。

 今から55年前、日本は戦争によって、いったん廃墟になりました。私達夫婦も、勿論当時は別々ですが、爆撃によって火の海になった東京で、それぞれ、母親に手を引かれ、抱えられながら、辛うじて生き延びることができました。しかし、日本は立ち直ります。日本人全体に、先祖伝来で染み付いてしまっている頑張り精神があります。新しい知識、新しい技術を学びながら、復興し、発展し、いつの間にか「経済大国」と言われるようになりました。そして、先進国の一員として外国の発展を支援できる立場になり、私達のような個人の段階でも、外国の人達への支援を行えるようになりました。その事は、貧しい時代の日本を知っている私達には、自分でも信じられないような発展ぶりです。しかし、日本の発展はすっかり行き止まりになったようです。現在は経済が低迷し、失業者が増える時代です。将来の明るい見通しも立ちません。日本人の大半は、将来の生活状況が悪くなることを心配して、それに備える気持ちになっています。外国の人達を支援する余裕は、急速に減っていくと思います。

 そこで、話は、ベトナムに来て感じたことに戻りますが、ベトナムは本来日本より豊かな国、飢える心配も、凍える心配もない恵まれた立地条件の国だという事です。これからどんどん発展する国です。発展する可能性を沢山持っている国です。そのために、先ず必要なことは教育を充実することです。何を差し置いてもそれが必要です。国を作っているのは人間です。人間の能力が高まれば国の能力も高まります。ベトナムの人達は、勤勉で、学習意欲が高いということが、日本でも知られています。ベトナムの子供達が教育を受ける機会が増え、教育の内容が充実していけば、ベトナムの将来は明るく、大きく開けて行きます。今回、私達夫婦が支援したビン・ホック地区の小学校建設が、ベトナムの将来の発展の一助として役立つことを願って、私の挨拶を終わらせることにします。

 最後に、小学生の皆さんには、私の話は分かり難くて、退屈したと思います。気分を変えて、一つ、日本の小学生が学校で習う歌を聞いて貰おうと思います。「砂山」という歌で、歌の舞台は新潟県です。新潟県の人達が好きな歌です。

           「砂山」
  海は荒海      向こうは佐渡よ
  雀鳴け鳴け     もう日は暮れた
  皆んな呼べ呼べ  お星様出たぞ

 それではこれで終わります。皆さんのお陰で、このような素晴らしい機会を与えて頂きまして、有り難うございました。



ベトナム未来プロジェクト(キークワン寺洗濯機支援プロジェクト)活動報告(「かけ橋」第16号:2000年11月27日発行)
小林伸子運営委員

 7 月3 0 日、ひどく暑い日だった。長岡市社会福祉センターにて、ベトナムフェスティバルが開催された。キークワン寺盲学校への洗濯機支援を目的としたチャリティーイベントである。

 1 9 9 7 年からN V C では盲目の子供を対象にキークワン寺への支援が始まっていた。その翌年、私は矢吹会員と共に、お寺に併設する孤児院でホームスティを体験した。劣悪な環境の中でも明るく心優しい少年少女に、私達の心は強く打たれ、「知る事」の大切さを痛感した。帰国後も彼らとの思い出は強く心に残っていた。そして昨年、お寺では、毎日1 0 0 人以上の子供たちの洗濯に追われている、という話を聞いた。ベトナムで洗濯機はまだ一般化していない。友達となった少年少女、言葉は全く通じなかったが心優しい施設の人達、・ ・ ・「洗濯機支援」、私と矢吹会員の間でいつしか話が持ち上がっていった。

 今、考えれば本当に浅はかな企画だった。ただの思い付き、といってもいいくらいだ。当初、ベトナム料理を作るだけの小さなチャリティー交流会を、友人のベトナム人に持ち掛けた。長岡技術科学大学ベトナム人留学生1 2 名が集まり、私達に言った。「ベトナムの文化は料理だけではない、僕たちの文化を紹介したい。」その日から、彼らは勉強・アルバイトに忙しい中、練習に取り掛かった。プログラムは主役の彼らに任せた。そして私達は会場設定、広報活動、食材調達、会計などを受け持った。しかし今思うと、全て協力して行われたように思う。私達もベトナムの歌を必死に覚え、夜遅くまで彼らと共に練習した。そして会場入り口を飾った竹の門は男性スタッフの力作だった。

 当日は、目標の5 0 人をはるかに上回る1 0 0人近いお客さんが会場に詰め掛けた。私達の不安をよそに、お客さんは好奇心いっぱいの顔つきだった。その事がスタッフを刺激したのか、全てが今までにない最高のできだったように思う。後に参加者の方に「五感を刺激され、素晴らしかった」と感想をいただいた。まるで大学の講義のような「ベトナムの歴史・文化」の紹介、そしてベトナム料理、ベトナム音楽、歌、アオザイショー。希望するお客さんはアオザイを着用した。ベトナム人スタッフによるプログラムはパーフェクトだったようだ。そしてタイ人留学生の協力、多くのボランティアの人達。表には出ず、しかし強力な支えとなりフェスティバルを成功に導いてくれた事を、心から感謝している。私にとっても初めての経験であり、スタッフ間での意見の相違、自分自身の統率力のなさなどに悩んだ事もあった。全てが経験し失敗しながら学び、しかし周りに支えられ、このイベントは開催された。そして会場隅に置かれた小さな募金箱には、趣旨を理解してくださった多くの方々から善意の募金がよせられていた。こうして私達の「思いつき」企画は、大成功という形で終了した。

 しかし、まだプロジェクトは終っていない。なぜならまだキークワン寺に洗濯機が届いていないからである。現在、N V C ベトナムのリンさんにお寺との交渉を進めていただいている段階だ。フェスティバルでの売上、そして5 月に出店したフリーマーケットの売上を加算し、お寺に最適な洗濯機を贈りたい。たくさんの善意を無駄にしないように。それが私達に課せられた最後の、そして重要な責任だと思っている。


 ベトナム留学中の福田忠弘運営委員が2003年総会に合わせて帰国。第29回地球を知る講座で現地の様子を伝えてくれました。

新潟からのNGO活動〜ベトナム未来プロジェクトのこれまでとこれから〜(「かけ橋」第19号:2002年5月27日発行)
ベトナム未来プロジェクトとは、教育を通じて、ベトナム社会の発展に貢献することを目的としたプロジェクトです。
1 9 9 5 年から、このベトナム未来プロジェクト(V F P )が開始されました。今年で8年目を迎え、これまで以下の様な事業が行われてきました。
●小学校建設プロジェクト
●奨学金プロジェクト
●孤児院支援プロジェクト
●ベトナムミニプロジェクト
これから、映像を交えて順を追ってご紹介していきます。

小学校建設プロジェクト
 小学校が不足している地域に小学校を建設し、児童に教育機会を提供することを目的としているプロジェクトです。児童が安全に通学し、快適な学習環境を提供してきました。昼間働かなくてはいけない児童、文字の読み書きができない人々に対する識字教育を行っています。

VFP1 ビンヒンフォア小学校
VFP2 フッキエン小学校
VFP3 フックロック小学校
VFP4 ドンタン小学校(藤崎学校)
VFP5 タンニャット小学校
VFP7 ビンミー小学校
VFP12 タイミー小学校
VFP17 ビンフック小学校(小堺小学校)
VFP19 ディン小学校
VFP25 アンフードン小学校
VFP26 ビンタイン小学校(河合小学校)
* 小学校の写真及びグラフ「NVC が建設した小学校に通う児童数の推移」は割愛しました *

 これまでに、3,566 人の子供たちが、NVC のつくった学校で学んでいます。

奨学金プロジェクト
 ホーチミン市内で勉強する大学生に奨学金を授与しています。成績優秀かつ/または財政的に困難な学生、障害を持っている学生が対象となります。NVC は、ホーチミン市学生援助会と協力して、1 9 9 8 年から奨学金プロジェクトを開始しました。
 現在では、N V C 奨学金、連合新潟奨学金、大学婦人協会新潟支部奨学金、皆川奨学金、の4つのプログラムがあります。
 98年度は8名の学生(35%)に、99年度は33名の学生(38%)に、00年度は53名の学生(50 %)に、01年度は44%の学生(13 %)に奨学金を授与してきました。今年度以降も継続されます。

 これまでの奨学生の総数:138

孤児院支援プロジェクト
 孤児院の建設、孤児院の運営費の支援を行ってきました。教育機会を与えるだけでなく、子供達が健康で、人間らしい生活を送るための環境を整備するためのプロジェクトです。これまで、マイアムバーチウ、マイアムビンミン、キークワン盲学校、社会食堂の支援を行ってきました。

【マイアムバーチウ】
 マイアムバーチウはN V C がW O C A の要請を受けて開設したもので、ベトナムにおける孤児院建設の一つのモデルとされています。現在は、20 名の女の子の孤児が生活しています。運営費は、在ベトナムのニュージーランドのコミュニティーが支援しています。

【社会食堂】
 ホーチミン市にある大きな市場の近くの食堂2 階に孤児が住み着くようになり、彼らの食費、教育設備費を9 8 〜0 0 年度まで支援してきました。現在は、スイスのN G O が支援をしていますが、再開発地区に指定され、今年の6 月で閉鎖になります。

【マイアムビンミン】
 現在、2 0 名の女の子の孤児が生活しています。スイスのN G O が建設し、オーストラリアのN G O が運営費を支援していましたが、0 0年度で、支援を打ち切りました。他のドナーが見つかるまでの緊急支援です。

【キークワン盲学校】
9 8 年度からキークワン盲学校に住んでいる障害を持った子供達を支援しています。3 5 名の子供達の食費、教育設備費の援助を行っています。現在、自立に向けて、農場の運営、雑貨屋とタイアップした雑貨品の製作のための職業訓練などを行っています。
(右:キークワン寺に住む水頭症の子ども)

 これまで支援した子供の数:265

ベトナムミニプロジェクト
 会員、N V C 以外の団体が、計画、立案、実行をするプロジェクトです。これまで、小林伸子会員ら有志が「ベトナムフェスティバル」を開いた収益でキークワン盲学校に洗濯機を送り、瀧澤勇人会員が東北電力の社員に呼び掛け、小学校を建設中です。

* 写真「小林伸子会員と有志が送った洗濯機」、写真「東北電力のボランティア有志が支援し、建設中の小学校」は割愛しました *

【ベトナムミニプロジェクトの可能性】
 N V C がセンター的な役割を果たし、様々な個人、団体のプロジェクトへのアドバイスを行い、緩やかなネットワークを形成していきます。現在、静岡のクリエイティブ2 0 2 1 が、ベトナムミニプロジェクトを行おうとしています。ベトナム未来プロジェクトのこれから活動地域を、ホーチミン市から南部のメコンデルタ、中部地域に移して行きたいと思っています。
洪水が頻発する地域での児童保護センターの建設を視野に入れて行きます。昨年の洪水で、数十名の幼児が命を落としました。その原因は、両親が不在の際に、水がきて幼児が溺れたためです。児童保護センターでは、子供を預かり、洪水の時期、幼児の命を守ります。また、同時に教育も行います。
ベトナム未来プロジェクトをとりまく環境
 ベトナム政府が、小学校の建設に力をいれはじめており、約1 0 0 0 校の小学校建設が予定されています。
 これらは主に、世界銀行や各国政府のO D A による小学校建設です。N V C がつくる小学校と比較して建設コストが数倍になる他、規模や場所など、現地のニーズに即しているかが問題です。


* 写真「洪水の様子」、「洪水支援の様子」、「洪水の中でも学校に通う子供たち」、「児童保護センターの中」は割愛しました *

まとめ
 会員の皆さんの活動が、現地に直結しています。
 会員の皆さんの会費、バザーに商品を提供して頂いている方、バザーに協力して頂いた方々の活動は、現地での活動に直結しています。
 今後も、国内での事務作業、広報作業が増加すると思われます。現地での作業の増加、スタディーツアーの受け入れの増加も見込まれます。
 新潟で生まれて、新潟で育ったきたN V C 新潟国際ボランティアセンターがますます発展しますように。
 ベトナムの子供達の教育を支えるために、一人でも多くの方々の御参加と、1 分でも長いお手伝いをよろしくお願いいたします。


3,566 人の児童が通学
138 人の大学生に奨学金を授与
265 人の子供達の生活支援
未来の受益者達


Q &A

Q 現地にいてのN V C との関わり方と具体的な活動をお聞きしたい。(金子委員)
A 年に数回現地に入りN V C の橋渡しをしたり、奨学生の調査をしたりします。

 ベトナムの金利は? 利息だけで何かができないのか? マイアムバーチウの女の子から手紙が来る。もしできれば文通が可能なのか?長岡の留学生から翻訳してもらい、翻訳料を留学生に払えないか?(原監事)
 パッコムの許可がいります。0 .0 1 %で利息は高くないです。自立の面から見て自己満足になるのではないか。僕個人としては反対です。文通については、よいことだと思うが自立をいかに助けるかが問題だと思います。N V C としてどうなのか?


ベトナムスタディーツアー報告(「かけ橋」第20号:2002年11月25日発行)
ベトナムスタディツアー報告
桐生裕子(運営委員)

【はじめに】
 現地をみることからでなければ何事も始まらない。そう思いつつ数年、ようやくかなったスタディツアー参加。そして私にとっては初めての東南アジアであった。
 今回のツアーの目的は、ひとつにはホーチミンシティで、WOCA との協議、奨学金授与式、郊外の小学校視察、マイアムバーチュ(孤児院)、キークワン寺訪問に参加し、これまでNVC が支援してきたプロジェクトの成果を検証すること。そしてもう1 つは、今後の支援候補地域として検討対象となっているメコンデルタにおいて、小学校建設候補地、託児所などの実態調査を行うことであった。

1 ホーチミンシティにて
 今回のツアーでは、行く先々でベトナムの復興し成長しつつあるエネルギーを感じた。ホーチミン市郊外に1 1 校の小学校を建設し終え、また、孤児院の運営も順調である様子を目の当たりにして、数年間にわたるNVC 会員の活動による確実な成果を実感することができた。ベトナム未来プロジェクトの開始時と比較して、学校建設を行う国際機関も増え、ホーチミン市の目覚しい発展とともに物乞いをする子供がほとんど見られなくなり、孤児たちの栄養状態も本当に改善されたとのことであった。

【WOCA 訪問】
 ベトナムにおけるN V C のカウンターパートWOCA は、富裕で高齢なご婦人方によるチャリティー活動団体である。主な活動は、(1 )身寄りのない高齢者のケア、(2 )小学校の建設と孤児院の 経営、(3 )スモールビジネス支援のための低利融資、(4 )奨学金プロジェクトの4 つ。チャリティー活動には、共産主義国家の制約があり、ボランティアの条件として、教育程度、時間のゆとり、精神性などが必要となるため、WOCA のメンバーは高齢者が多く、NVC が幅広い世代で活動していることを評価する発言があった。ベトナムの若者のボランタリー精神は、今は、国の経済発展や自分の将来設計に成功の可能性を求めることに発揮されているようである。

【戦争証跡博物館】
 館内を丁寧に説明してくれた日本語の上手なベトナム人が、BSN の取材を監視するための公安関係者(警察官)とわかり大いに驚く。長期にわたるフランスの植民地支配、中国との戦争、ベトナム戦争と数々の試練を経、しかし、ベトナム人は常に最後には屈服せずに勝利した、といった彼のことばが印象的だった。そのための犠牲。人間は、なぜかくも残忍になりうるのだろうか。そして、どうすれば、戦争への道を回避することができるのだろうか。57 年間続いている日本の平和は、世界史的に見ればむしろ例外的な記録であるのかもしれない。この平和を少しずつ少しずつ更新していくこと、そして、想像力で民族紛争や内戦などが絶えない世界の現状に思いを馳せ、その状況の改善にいかに微力でも努力すること。・・・・・

【奨学金授与式(SAC )】
 学生たちは小柄で、最初は中学生かと思ったほど若く見える。共産圏の特徴であろうセレモニーのあと、SAC 幹部のスピーチ、ベトナム側から感謝の品贈呈、NVC を代表して高橋節子、連合新潟を代表して全逓新潟の星野学氏のスピーチ、NVC 奨学金他各種奨学金の授与式、奨学生へのインタビュー、歌(奨学生、プロギタリスト、弘前大)と続いた。奨学生へのインタビューでは、盲学生が、「読んだり書いたりは困難であるが、友人や家族が手伝ってくれる。将来は、自分も人を助けることができるようになりたい。」、少数民族学生が、「卒業後は、教育者になりたい。地理を学んでいる。環境問題に関わっていきたい。」などと答えていた。

【マイアムバーチュ】
 マイアムバーチュでは、子供たちといっしょに皆でゲームをした。おそらく、この孤児院を多くの人が訪ねていくたび、彼女らはこうしたゲームで精一杯もてなしているのだろう。ほとんどの子供はひとなつっこく、むしろ彼らから元気をもらうようであった。

2 メコンデルタにて
 ホーチミン市からバスで5 時間、さらに小船に乗り換えてメコン川を2 、3 時間上流へ。川に張り出して作られた細い潅木の木組みの上に、バナナの木の葉っぱで壁と屋根を葺いただけの風通しのいい家がのっかっている様子は、予備知識を持たずに出かけた私にとっては、これがベトナムかと正直言って驚きであった。
 しかし、今回出会った村人や子供たちは、貧しいとはいえ、少なくとも飢えてはいなかったし、彼らの暮らしぶりは、「かわいそうな」、「悲惨な」というような形容詞は全く相応しくなかった。この人たちにはこの人たちの生活がある。そして、精一杯暮らしている。ただそれだけのことだと思った。

* 写真は割愛しました *

【小学校建設】
 7月に建設を始め9月中に完成予定の全逓が支援する小学校(の土台)を視察。2教室の他、多目的スペースにトイレ設置を検討しているが、室内トイレのモデルが今までになく、それを理解してもらうことが意外に困難であり、また、それが最善かどうかわからないとのことであった。
 もう1校、ドンタップ村のバーサオ小学校で現在使用中の校舎を視察し、新小学校建設計画の要望を聞く。築6年の校舎は1m 位まで浸水する。また、145名の児童たちを午前午後、教室の前うしろに分けて教えている。政府の建設を3年間待っているが見通しがつかない。高地への移転と教室数の増により、環境は改善されるという。視察後、教育庁、婦人同盟の方々等と、ディスカッションの機会をもつ。教師の待遇改善が話題になった。教員住宅といって見せられた2畳足らずの土間はそまつでベッドさえなく衝撃的だった。また、教師の給料は安く生活ができないため、アルバイトをしている。学校建設が先決であるため、教師の住宅や給料の改善は次の課題との返事であった。

【チャイルドケアセンター】
 母親が働きに出ている間、家に残る子供たちを洪水から守るために作られた託児所である。昨年、ドンタップ省で500 名、この村で10 名の子供が水害で死亡していると聞き、こうした施設の必要性を再認識する。

****************

 ベトナムにおいて、NVC が学校建設や奨学金プロジェクトなどの教育に関する支援を中心にしてきたことが正解だったとも改めて思う。彼らにものをあげることはたいして意味がない。
今後、メコンデルタ地域へ学校建設を広げていくべきなのかどうか、また、洪水多発地域において託児所をどこにどれだけつくっていくべきなのか。実績をつくったNVC に対して、支援要望が次々と来るが、NVC の援助資金には当然限りがある。それぞれの案件に対し、支援の可否を判断していかなければならない。スタディツアーであるからには、漫然と視察するのではなく、各メンバーがそれぞれの候補案件に自分なりの理由を考え優先順位をつけて、帰国後に報告する責任を負うべきだろうと思った。



2003年1月にNVC/VNは、自治体国際化協会のSTをうけいれました。以下は、その準備、STの報告です。

スタディーツアー受け入れの報告書
文責 福田忠弘

1月17日(金)

ハノイからサイゴンに移動する。
HAN-SGN VN219 1130/1330
サイゴンに到着後、国際線の到着ロビーに新しくできたレストランに入り、多賀先生の到着を待つ。多賀先生のフライトは、NRT-SGN VN951 1100/1600。予定の時間より早く到着。レストランでしばらく近況情報交換。
1700 ホテルに到着。
Riverside Hotel
Add:18-19-20 Ton Duc Thang, Dist. 1, HCM
Tel:+84-8-8224038
Fax:+84-8-8251417
 サイゴン川に面した部屋で、一泊35ドル。朝日と月が見える部屋だった。
1800 ホテルのレストランで夕食
夕食後、NVC/VN駐在代表のリンさんと連絡をとり、スケジュールの確認。
多賀先生と18日以降のスケジュール、交渉の方針の確認。郵政のボランティア貯金の申請等についての打ち合わせ。

1月18日(土)

0900 WOCAの事務所を訪問。
WOCAとの打ち合わせ。WOCAからは、Ngocさん、 Thanhさん 、 Sonさん(新しい副会長メンバーである)が参加。Tuyenさんは、用事があったために欠席。NVCからは、多賀先生、Linhさん、福田が参加。

○ 打ち合わせ

WOCAの今年の活動について
・ 現在WOCAは、貧困削減プログラムに取り組んでいる。貧しい人達に家を建設してあげる。1つの家につき、400ドルかかる。また、小規模な事業を行うための資金を支援する。
・ 貧しい学生に奨学金を与えている。
・ ホーチミン市全体で、貧困率を10%下げるのが政府の目標になっている現在、3%下がっている。WOCAは、この貧困削減プログラムの実行に集中する予定でいる。

9区の小学校について
・ 9区の小学校建設について、これまでWOCAは、9区の人民委員会と何度も討議をくり返し、最終的にはホーチミン市の人民委員会にまで掛け合い、小学校建設の許可を出してもらったが、結局は、3転して、9区の人民委員会による水族館を建設するという意見が通ってしまった。NVCとしては、WOCAの努力を批難するつもりはまったくない。
・ 9区の小学校建設が中止になった事情について、WOCAからオフィシャルな説明状をNVCに対して発行して欲しい。(帰国日に受領)

ティエンヤン省での小学校建設について
→2002年11月に依頼のあった小学校について。以前福田が調査した際には、4教室の増設の依頼があった。場所は、ティエンヤン省カイライ地区フーニュアン村フービン村落(Phu Binh Hamlet, Phu Nhan village, Cai Lay Dist., Tien Giang Prov.)。4教室の増設の依頼があったが、児童の数、授業数と、教室数が一致しないために、地区の人民委員会に対して、再検討を依頼しておいた案件。4教室を増設しても、1教室あまる計算になる。(詳しくは、昨年11月に提出した報告書を参照のこと)
・ 地区の人民委員会が、WOCAに対して、小学校建設の依頼書、来年度以降の児童数の変化、設計図、予算書を送付してきていた。
・ 以前に再検討するように依頼しておいた、児童数と教室数の不一致の問題が解決されていない。WOCAの方でも、Thanhさんが地区の人民委員会に説明して、書類の作成の際に児童数と教室数の数を確認することを強調したが、地区の人民委員会が依然として同じものを提出したとのこと。
・ NVCとしては、このプロジェクトに対して支援するのは難しいと伝えたところ、WOCAの方でも、地区の人民委員会もよく理解していないし、WOCAの高齢な幹部の方達が、遠方にあるプロジェクトを管理するのは困難なことを理由にあげて、このプロジェクトを地区の人民委員会に差し戻すことを提案。→結局、このプロジェクトは、行わないことになった。

2003年度のプロジェクトについて
→WOCAからプロジェクトの一覧表を受け取る。(以下訳文)
・ 高齢者のケア
 100名の孤独/障害をもった老人を支援する。120ドル/1人/1年×100ドル=12、000ドル
・ 貧しい人々のための家の建設。
 愛の家(Love House)を20世帯の貧困家族のために支援する。それぞれの家は、500ドル。500ドル×20世帯=10、000ドル
・ 子供支援事業
a) 18歳以上の孤児(ベトナム政府の規定により、孤児は18歳までしか孤児院にいれない)の支援をする。孤児院を出た子供たちが生活する場所を提供し、職業訓練を受けさせる。1グループ6名。2グループの支援。6500ドル。
b) 幼稚園、小学校建設
・ クチ地区チュンラップハー村チャンラム村落(Trang Lam hamlet, Trung Lap HaVillage, Cu Chi Dist.)に4教室増設。300名の児童が勉強する。20、000ドル。
・ ホックモン地区スアントイトゥン村で、150名のための幼稚園建設。20、000ドル
・ 職業訓練
a) 遠隔地に住んでいる児童に対する奨学金。300、000VND/1児童/1年。300、000VND×600名=180、000、000VND。約11800ドル。
b) コンピューターの職業訓練(無料)。120名(3クラス)に対して、3、000ドル。
c) ミシンのクラス(無料)。200名に対して5、000ドル。
・ トイレプロジェクト(有償)
・2000ドルを20世帯に。各世帯、70ドルをトイレ建設に、30ドルを小規模ビジネスに使用する。
//////////以上
・ ここで、小堺学校の3教室増築についての依頼がリストに載っていないことを聞くと、NVCが支援しないことを知っているから、今回は敢えてリストに載せなかったとのこと。小堺学校については、いつでも支援を必要としている。
・ ・のb)の小学校を21日に見学しに行くことにした。
・ 9区に関する手紙は、後日、NVCに渡されることに。
・ ダナンに本拠地をおく、日本のファイダというNGOが3つの女の子の孤児院の職業訓練の支援をしている。代表は、Kenという日本人という。

→上記のファイダという組織について。正式名称は、(財)国際開発救援財団。英語名は、Foundation for International Development/Relief。略称FIDR。ベトナムでの本拠地はダナンにある。
連絡先
71 Ly Thuong Kiet St., Danang city Vietnam
Tel: (84)511-871279
Fax: (84)511-871578
E-mail: fidrvn@dng.vnn.vn
事務所長:青尾 謙(あおお けん)氏
URL: http://www.fidr.or.jp
 ファイダのニュースレター(37号)によると、2000年10月からマイアムビンミンを支援しているとのこと。NVCのマイアムビンミンの運営費支援の時期と重なっていることになる。もちろんNVCが運営費、FIDRが職業訓練費を出していたので、資金の二重取りは行っていない。しかし、こういった情報は、WOCAから連絡があってしかるべきだと思う。以下、FIDRのニュースレターの37号より一部抜粋。
「FIDRは、2000年10月からベトナムのNGOであるホーチミン婦人慈善協会(WOCA)を通してホーチミン市にあるストリートチルドレン保護施設で生活する女子12名と、施設を卒業した後、社会に適応できずに売春などに陥ってしまった女子3名の合計15名を対象に、学校教育及や職業訓練の支援を行いました。この事業によって、彼女たちが教養と職業技術を身につけ、再び路上生活や売春などに陥ることなく、社会生活を営むことが可能になることを目指しています。」
 詳しくは、http://www.fidr.or.jp/FN38.htm#ストリートチルドレンを参照のこと。
また、FIDRの方は、2月21日に大使館で行われる「ODA大使館」に参加される御予定らしいので、その際にいろいろ情報交換をしてくるつもりである。

1100 リンさんと昼食。精進料理のお店。
1140 ホテルに戻り、休憩。
1430 職業訓練センターにむけて出発。
1515 職業訓練センターに到着。
→かつてNVC奨学金を受給していた学生が、障害者のためのコンピューターの職業訓練センターを開いた。障害者に対して職業訓練をし、職業訓練を受けた学生が中心になって、コンピューターを使ってデザイン、印刷関連の事業をおこす。職業訓練と事業が軌道にのる間(1年間)、NVCに援助してもらいたいとの依頼があった。この職業訓練センターについては、2002年11月に山井さん達のSTで調査に訪れた。その時のことについては、以前の報告書を参照のこと。
奨学生の名前:フイン・ティン・ギア(Huynh Tin Nghia)
組織の名前:ニャンホア(Nhan Hoa)
住所:T29 Can Cu 26 duong so 9 khu pho 14- F.17, Quan Go Vap, TP HCM, Vietnam
TEL:+84-8-9841273


○ 打ち合わせ
・ 2002年12月から新規にクラスをはじめて、現在25名の学生がコンピューターの職業訓練を受けている。そのうちの16名が何らかの障害を持っている。女性が17名職業訓練を受けている。
・ 現在、資金がないので先生を雇うことができないので、職業訓練の進歩が遅い。また、節約して運営している。
・ 多賀先生がボランティア貯金に申請し、もし申請がおりたならば、一年にかぎり支援することを伝える。ただ、会計業務などが複雑になる恐れがあり、配分金がおりるのも7月からである。それまで、なんとか運営して行ってもらいたいと伝える。
・ ここで教えていること、また行おうとしていることは、企業/団体のパンフレットのデザイン、作成。また、ビニールに企業名を入れたりする。

・ 多賀先生の提案で、NVCの英語版のパンフレットをこのセンターに依頼する。100ドル前金として渡す。この100ドルで、しばらくの運営が楽になるに違いない。 (運営委員会承認済03/01/27)
・ ロゴ、写真などは後程送ることにする。
・ また、ボランティア貯金の申請がおりない可能性があるので、今後ともドナー探しを行って欲しい。(コンピュター訓練がボランティア貯金でははねられる可能性が大なので、NVCで正味のプロジェクト費を、来年度総会で承認を得られれば支出する。運営委員会承認済03/01/27)
1700 ホテルに戻る
1800 夕食

1月19日(日)

 日曜日のため、午前、午後とも特に用事なし。福田、メールのチェックを行う。夜からの(財)自治体国際化協会(Council of Local Authorities for International Relations:略称CLAIR)のスタディーツアー受け入れのために、資料などの読込みをおこなう。
○ CLAIRメンバー表
団長   山本秀正   47 (財)自治体国際化協会 調査部長
団員   長谷川美代子 48 (社)北方圏センター 事務長
団員   川井由美子  27 (財)秋田県国際交流協会 国際交流推進員
団員   山田芳照   40 (財)愛知県国際交流協会 主査
団員   蓮井 進   54 (財)香川県国際交流協会 専務理事
団員   今崎 聰   56 (財)徳島県国際交流協会 専務理事
団員   小林克夫   50 (財)札幌国際プラザ 交流事業課長
団員   三山蘭子   26 (財)ひろしま国際センター プログラムオフィサー
団員   碓井孝子   --- (財)福岡国際交流協会 総務係長
事務局員 桐野義之   35 (財)自治体国際化協会 主査

○CLAIR日程表
平成14年度地域国際化協会職員海外研修日程表(案)
1月15日(水) 事前研修(CLAIR) 13:00
1月16日 東京→ハノイ(ベトナム)
1月17日 ハノイ→フエ
1月18日 フエ
1月19日 HUI-SGN VN255 1300/1420
1月20日 ホーチミン 
1月21日 ホーチミン→東京
1月22日 成田空港(東京)

1730 CLAIRの滞在先のレックスホテルへ。
・ 事務局の桐野さんと、打ち合わせ。20、21日の昼食について、パック旅行のなかに組込まれている食事をキャンセルしてもらって、NVCの事業先で昼食をとることに。
・ 20日の午後、観光する予定になっているが、NVCとしては、小学校建設の依頼が来ているクチ地区に調査に行く予定である。希望者があれば、観光をキャンセルして、同行してもかまわないことを伝える。
1900 スタディーツアーの参加者と顔合わせ。その後、CLAIRの方と夕食。多賀先生から焼酎の差し入れ。CLAIRの参加者の中で、ハノイ、フエではあまり交流がなかったようで、焼酎、ベトナムの酒とのみ進むにつれ、和やかな雰囲気になる。
・多賀先生から、NVCはアマチュアの団体で、ハノイのJICA、フエの小山先生のところとは違うこと。NVCの現場を見て戴いて、CLAIRの方々の率直な意見をお聞きして参考にしたいと伝える。
2100 ホテルに戻る

1月20日(月)

0700 ホテルを出て、レックスホテルへ
0740 フックロック小学校に向けて出発。WOCAからは、Tuyenさん、Y Quanさんが同行してくれる。
 今回のツアーでは、30人乗りのミニバスをチャーターした。ニャーベー地区に行く途中の橋の重量規制に引っ掛かり、立ち往生となる。ガイドが旅行会社と連絡をとり、バン2台チャーターし、バンが来るのを待って、車を乗り換える。フックロック村に入る前の橋で、重量規制がしてあり、さらに立ち往生することに。NVC独自で行く時には、引っ掛かったことがないのだが、ガイドとドライバーが、「もし何かあった時に責任をとれない」と頑として渡らない。Y Quanはバイクをチャーターして、フックロック村の人民委員会に話をつけにいき、Tuyenさんは橋の向こうの役人と話をつけに行くと1人で橋を渡りはじめる。Tuyenさんが地元の住民に車が通れるかどうか確認し、ガイドとドライバーをここに連れて来て、言い聞かせると息巻いて橋を戻ると、Y Quanがフックロック村から役人を連れて来て、ガイドとドライバーに橋を通って良いとの許可をだす。無事に、橋を渡ることに。
0930 フックロック村の人民委員会に到着。人民委員会の主席、女性同盟の担当者が歓迎してくれる。

○ 人民委員会の主席の話
・ 世界銀行が建てた本校があるが、NVCが建設した小学校は閉鎖せずに使用している。というのも、1、2年生の児童が川を渡るのが危険だからである。(そういえばかつてTuyenさんもここで舟から川に落ちたことがある)
・ NVCが常に関心を持ってくれていることに感謝している1000 新設のフェリーにのり、フックロック小学校訪問。
・ ガイドを通して、CLAIRのメンバーが、将来何になりたいかなどの質問をする。
・校舎の後ろの地盤沈下が更にすすんでいる。女性同盟に、なんとか修理するように依頼する。
1030 世界銀行が建てた本校を訪問する。校長先生から、本校の様子を説明してもらう。
→1NGOと国際機関の違いを説明する。NVCのように本当に必要されたところに援助すれば、国際機関の援助が入っても、援助が無駄にならないということをCLAIRのメンバーに伝える。
1145 WOCAの事務所を表敬訪問。時間が大幅に遅れたために、自己紹介とWOCAの活動について、ごく簡単な説明のみで終わり。
1230 MABCに到着。MABCの建設の経緯、NT21の番組で募金を呼び掛けたことなど、多賀先生が説明。昼食。子供たちと食べる予定が、MABCに来るのが遅かったために、ほとんどの子供が昼食を済ませていた。数名の子供と、精進料理を食べる。
1330 リンさん、WOCAのSonさんが合流。小学校建設の依頼があった、クチ地区に向かう。
1430 クチの人民委員会に到着。女性同盟の代表、副代表、教育担当をピックアップして、依頼のあった小学校に向かう。
1455 依頼のあった小学校に到着。

○打ち合わせ:地元では、地区の女性同盟の代表、副代表、地区の教育省。校長先生。祖国戦線のおじいさん。WOCAからはSonさん。NVCからは多賀先生。リンさん、福田。CLAIRのスタディーツアーの参加者全員。
小学校の場所:クチ地区チュンラップハー村チャンラム村落(Trang Lam hamlet Trung Lap Ha Village, Cu Chi Dist.)。
・今回訪問した学校は、本校で、すでに6つの教室がある。ここに4教室の増設、および可能ならば現在ある古い教室を立て直したいとの依頼がある。現在の児童数は、260名。
1年生 41名(2クラス)
2年生 33名(2クラス)
3年生 71名(2クラス)
4年生 48名(2クラス)
5年生 67名(2クラス)
合計 260名(10クラス)
・ 現在は2部制で授業を行っているが、今後は全日制で授業を行いたい。そのためには、4教室不足しているので、NVCに4教室増築の依頼をしたい。
・ 現在ある6つの教室も、老朽化しているので立て直して欲しいとの依頼があった。しかし、どこが悪いのか具体的に聞くと、特にないらしい。
・ この村には、1つの本校、2つの分校がある。本校には、3つの村から児童が通っているので、児童数が多い。
・ 小学校を増設する場所が足りないので、隣接する公共の土地を利用する。ここに住んでいる住民がいるが、ここは借りているだけなので、別な公共の土地に移ってもらう。
・ CLAIRの方達からも自由に質問してもらう。
・ 地区の女性同盟に、なぜこの小学校を選んだのかを聞くと、とにかく教室の数が足りないという判断らしい。NVCは、今ある学校の増築についてはあまり支援しないこと、本当に小学校がないところを支援したいことを伝える。女性同盟の方でも資金を出すから、NVCがいくら出せるのか教えてくれと、しつこく頼まれるが、NVCはマネーファーストではなくて、プランファーストだと伝え、プランがしっかりしていないことを伝える。
・ また、この小学校を選択し、優先順位をつけた理由が定かでない。WOCAに今後プロポーザルを出す時には、この辺のことを明らかにしてもらう必要がある。
○ 地区人民政府教育委員会から同行した次長は、ほとんど熱意がない。なぜここに優先権を与えるかとの質問にまったく答えられない。推測にすぎないが、この学校の校長がもっとも熱心で、何度も婦人同盟に足を運び、婦人同盟はその熱意をよしとし、こうした機会を待っていただけではないだろうか。したがって、教育局の次長にいたっては、詳細も語れないことになる。
1600 小学校を出発。
1730 レックスホテルに到着。CLAIRのメンバーと別れる。
1800 夕食。
1900 ホテルに戻る。

1月21日(火)

0810 ホテルを出発。
0820 レックスホテルに到着。
0840 キークワン寺に向けて出発。
0910 キークワン寺に到着。キークワン寺を見学してもらう。
→リンさんのお兄さん、従兄弟と合流。特にお兄さんは、久しぶりに妹を訪ねて本日午後帰米の予定にも関わらず同行してくれた。
→日本人の女性医師(米国ユタ州で医事活動。解剖学専攻)が、約1か月の予定で、併設のクリニックで働いている。
→KQTは、行くたびに建物が増えている。
→VMPについて説明。
→札幌国際プラザの小林克夫さんが、これまでの来訪者の中でも五指にはいる位真剣に見てくれた。
1020 12区農場にむけて出発。
1045 12区農場に到着。
→織物の職業訓練の設備を見る。完成品を購入する方あり。NVCが「ベトナムの障害者が作ったものです」と宣伝して日本やベトナムでチャリティーのものとして販売しているのではなく、KQTが独自に受注して運営していることに、前述の小林さんがひどく感心している。「そうでなければ、自立などできない」とおしゃっていた。
1140 農場で昼食。精進料理を食べる。CLAIRに参加した方達が、それぞれお布施をする。
1230 レックスホテルに戻る。CLAIRの方達とお別れ。1万円の御寄付を頂く。
1300 ホテルに戻る。
1500 Tuyenさんがホテルにお別れを言いにくる。(前述の公式状受領)
1600 旅行会社がホテル代を徴集にくる。
1730 ホテルにて夕食。
2030 多賀先生、空港に向けて出発。空港で多賀先生と別れる。
SGN-NRT VN950 2330/0650+1
2130 ホテルに戻る。

1月22日(水)

1130 ホテルを出発。ハノイに移動。
SGN-HAN VN220 1400/1600


* 後日、参加者から参考になるメールを多数頂戴した *