かけ橋

かけ橋 第13号 1999年7月7日発行
NVC新潟国際ボランティアセンター 事務局
〒951-8126 新潟市学校町通2番町529番3 学校町ビル4F 
Phone & Fax 025(222)7899


NVC10年と私
代表 高橋 節子


 NVC創立の経緯については会員の皆様は既にご存知のことと思いますが、1989年の第1回バザーを経て90年に創設されたNVCは10周年の区切りを迎えようとしています。
 初めに個人的なことで恐縮ですが、私がいつどうして会員になったかを申し上げたいと思います。    
 多数のカンボジア難民がタイに流入した1970年代の後半私はバンコックに住んでいました。そこでコーラス仲間の星野昌子さんが、初めは国境なき医師団等外国の人々に乞われてフランス語タイ語を駆使して活動していました。その後日本からも多数のボランティアや援助物資が来るようになって彼女は知恵と情熱を傾けてJVCを立ち上げていきました。私はその姿を尊敬と共感を込めて見つめながらも、帰国話もあってあまり ヤお手伝いできませんでした。ところが彼女の方が先に帰国され、日本で事務局長としてJVCを育てていられるという話が伝わってきました。1984年私も帰国し新潟に落ち着きJVCも遠い存在になっていました。89年当時JVCラオス駐在の谷山氏の講演会が中央公民館であることを当日の午後になって知り寒い夜でしたが一人で聞きに行きました。翌90年秋の婦人国際フェスティバルにシンポジストの一人として参加し、コーディネーターの多賀先生からNVCが発足したばかりと聞きすぐに会員になった次第です。
 当初5年というJVCラオス支援の目標を達し、レビューの結果更に5年これを継続することを決めた94年以降、NVCの活動は急速に間口を広め奥行きを深めたといえるのではないでしょうか。旧ユーゴ難民のためのチャリティコンサートを開き、新潟で学ぶ留学生のために市国際交流協会と共同で健康保険料助成事業を始めました。
 更に全く自前の活動として95年にベトナム未来プロッジェクトを発足させ、以来6つの小学校を完成させ現在7校目を建設中です。さらにマイアムバーチューのオープンハウス建設を手始めに社会食堂、キークワン ~寺盲学校とストリートチルドレンに対する支援を開始したことは、子供達の生命維持のみならずその将来に対する責任をシェアーすることになるのではないでしょうか。
 昨年9名で始められたベトナムの大学生に対する奨学金制度も今年は人数を増やすよう要請されています。これ等はベトナムでWOCAという良きカウンターパートとリンさんという人材を得て初めて実行できたことです。              
 更に5月の総会で承認を得てバングラディシュにも支援の輪を広げることになりました。これまでの何となく親近感の持てる仏教国とは全く異質のイスラムの世界です。一抹の不安は否めませんがNVCの多彩な人材をもって当たれば大丈夫でしょう。
 人材!これこそがNVCを10年継続させ発展させた鍵ではないでしょうか。志しのある人々が全くボランタリーに集まって名利を求めずに活動を続てきたことは考えてみれば大変なことです。一人一人お名前はあげませんが優れたオピニオンリーダーがいます。面倒なことや困った問題が起る度にそれは僕が fA私が、と進んで仕事をして下さる人々がいます。そして会員でなくてもNVCに共感し力を貸して下さる方々が大勢いらっしゃいます。ありがたいことです。
 仕事を持つ人達よりも少し時間があるというだけの理由で2年前に代表をお引き受けして以来面倒なことは事務局長の西村さんに頼ってきた私にとり、昨秋の西村さんの県議選出馬に伴う辞任は大事件でした。どの様にしてバザー報告の「かけ橋」を発行し5月の総会を迎えるかが当面の問題でしたが、多忙な中を代行を引き受けて下さった谷口さんを初め皆様のお力で何とか乗り切ることができました。同時に耳にした事務所を出なければならないのではないかという話も大打撃でしたが、これも先回同様「21の会」のご厚意により市役所の傍らという交通至便のところにスペースを得ました。厚くお礼申し上げます。    
 6月に入り嬉しいことが二つありました。一つは今年で3回目となる長岡市の米百俵財団の賞を団体としては初めてNVCが受賞したことです。15日に立派な盾と副賞 ZS万円を頂きました。多賀先生が多忙な時間をさいて受賞講演をされました。
 二つ目は郵政省のボランティア貯金の配分が1,869,000円と昨年の2倍以上だったことです。これまでは小学校建設についてのみ申請致しましたが今年は社会食堂についても申請を出しました。社会食堂についてはほとんど満額、タイミー小学校についても微増でした。この低金利の時代にありがたいことです。        
 この二つのことはお金もさることながら、NVCが世に認められた証しとして、それに対する責任と共に重く受け止めたいと思います。もちろんNVCも問題をかかえています。今や200人以上の会員を擁する大組織となりその運営はどうあるべきか。谷口事務局長を中心に新しい会員の方々も積極的に参加して頑張っている事務局ですが、長い眼で見て専従の人を必要とするか否か。更にNPOとして法人格を取得すれば経理事務も煩雑にならざるを得ないでしょう。10年を経てむずかしい問題に直面しそうです。
 私は最近 YNVCの刊行物を読み返す機会を持ちました。そしてそれらを書いた人々の物を観る眼の確かさとみずみずしい感性に改めて感動しました。そしていろいろ迷ったらここに立ち返って考えればいいのではないかと思いました。NVCは既に7冊の本を出版しました。1冊目の「国境を越えて遠く」は現在絶版ですが他は少数ですが残があります。特に第4冊目の「三万マイルのスタディツアー」は残が多くNVCのキャビネットの貴重なスペースをふさいでいます。どうしてこんないい本がたくさん眠っているのか不思議ですが、まだお読みでない方は是非お求め下さいませんか。1部500円です。あらまあ「かけ橋」の第1ページは格調高くという編集者の注文を忘れてPR活動までしてしまいました。
 NVCという汎々たる楊船(多賀先生の総会での講演の受け売りで柳の木で造った出来のいい船の意)のメッセンジャー小母さんとしてもう少しの間勤めさせて頂きますのでどうぞご支援ご協力を賜りますよう心からお願い申し上げます。



1999年度NVC総会報告

 日 時  1999年5月16日(日)12時より
 会 場  新潟市総合福祉会館
 内 容

1 アジア料理の会食
2 講演
演題「NVC10年の歩み」
講師 多賀秀敏先生
(早稲田大学社会科学部教授、NVC副代表)
3 議事
 ・1998年度活動報告
 ・1998年度決算報告
   ・監査結果報告
   ・1999年度活動方針
   ・1999年度予算  
   ・NPO・機構改革役員承認
 出席者数72名、嶋田真千代運営委員、藤井由美子運営委員手作りのおいしいアジア料理に舌つづみをうち、多賀秀敏先生の講演をお聞きして議事に入りました。今年は総会の中に活動報告会も兼ねた内容で進められ、各委員会が入れ代わり立ち代わり説明に立ち、画像も写し出されて分かりやすい総会となりました。場内には、小林伸子運営委員等によるスタディツアーの記録写真が展示され、NVCならではの雰囲気が漂っていました。
         
 総会で承認された事項は以下の通りです。
1 ラオス支援を縮小の方向で進める。
 ・初期の目的であった乳幼児の死亡率の低下は成果を見ることができた。
 ・5年で見直し、さらに5年続けて10年継続してきたが、支援はエンドレスのものではない。
 ・しかし、NVCはラオスから始まった。これで完了ではなく、JVCの動向を勘案しながら今後の方向を見定めていく。JVCは自然農法の方向にあり、専門家を必要としている。
2 新たにバングラデシュ支援を開始する。
  藤崎千代子運営委員の知人より、バングラデシュにおける洪水被害救援の要請があり、運営委員会を中心に現地とのやり取りを数回行ない、調査団を派遣することを決定。第24回スタディツアー(1999年2月)においてカウンターパートと接触し、現地を実地に訪問。リハビリの支援が必要と報告された。1年目は150万円以内で進める。
3 NPO法の届け出をする。
  法人格を取得し、海外での活動をしやすくする。
4 新体制
  法人格取得に伴い、組織機構改革の必要が生じ、新体制が承認された。




NVCも10周年を迎えることができました。10年という節目の年にあたって、1999年度の総会において多賀秀敏先生(早稲田大学社会科学部教授、NVC副代表)から講演をしていただきました。その内容を掲載いたします。

演題:『NVC10年の歩み』

 NVC副代表 多賀秀敏


 私たちNVCにはすばらしい人材がおります。たとえば、NPO法案にのっとって、NVCをNPOとして登記しようとする。村山さんとか、関さんとか、間嶋さんとかの会員が、それぞれの自治体で、この専門家として活躍していたり、なかには県のNPO関連の条例作成に携わった人もいます。この会場の映像音響も瀧沢君がやっています。英語、中国語、タイ語の専門家もいればベンガル語の専門家もいる。そしてなによりも今皆さんが召し上がった今日の料理。外でこれだけの料理を食べたら一桁値 iが違うでしょう。嶋田さんと藤井さんの傑作ですね。挙げ始めたらきりがないのですが、このようにNVCには、きわめて多様な人材が揃っている。そうした人びとがいるのでNVCの活動がスムーズに動けるし、活動が支えられています。
 NVCの10年を振り返りますと、現在JVCの事務局長をやっている谷山君がラオスで農村生活改善普及員養成活動という乳幼児の死亡率低下に向けた vロジェクトを始めたところ財政が十分ではないということで、「いいことをやるのに金がない。それは悩みのなかでももっとも程度の低い悩みである」といって「それならば、新潟にいらっしゃい。新潟の人は困っている人は見捨てないから」といったのがきっかけです。彼の講義を聴いた学生たち、その中には、市議会議員の佐藤幸雄さんなども「学生」としていたのですが、学生たちが新潟中をかけずりまわって、たくさんの品物とお金を集めて、ラオスの子どもを救おうとバザーをおこなった。もちろん趣旨に賛同した大人も一生懸命やりました。200万円以上の売上で大成功でした。多くの新潟の人たちが協力してくれた。しかも、こうした農村の生活を変えるには1回こっきりでなく続けることが大事だと新潟の人たちに言われた。 

 そこで誕生したのがNVCです。1990年の3月です。坂井輪公民館の古い建物でした 。約80人の人が集まってNVCの立ち上げが決まり、5年間はラオスへの協力をつづけてみようとJVCに約束した。事務局長の役割は、西村さん、経理は小池上さんが引き受けてくれて、代表はなぜか空席でした。5年間、バザーを成功させて、とりあえずJVCへの約束は果たせたわけです。次の5年はJVCに約束するのでなく、自分たちに約束した。もうすでにつごう10年間、1万ドルか100万円か高い方を送りつづけて、1250万円弱を送金した。毎年、一文無しから始めてこの額を作り出してきました。いつもバザーの実行委員長を務める野水さんなどは、ぎりぎり以上にバザーのために休暇を取ってまとめあげてくれます。斉藤先生、原先生、若月先生、高橋先生等々の生徒さん学生さんは、定番のようにでてきて手伝ってくれます。ラオスではたしかにJVCが事業を展開してきた地域では、乳幼児の死亡率が下がりました。
 5年たったときに、この見直しと同時に、NVC全体のあり方の再検討をする会議を開きました。3本柱でいこうということが決まります。ひとつは、すでにいいましたようにラオスをもう5年、二つ目は足下を見直す意味で市内の留学生の国民健康保険加入料半額 ゙竢普A3つ目が緊急事業に取り組もうということでした。いつものとおり紆余曲折、喧々囂々の討論の末、ユーゴスラビア国内難民の支援に決定しました。これは会員の江口さんが現地をみてきたものでした。その結果、旧ユーゴ出身のヤドランカさんと成嶋会員が所属する新潟交響楽団のジョイント・コンサートを開催しました。難民の窮状を救うのに十分なお金がこれで集まるとは誰も思っていません。大事なことは、現地の人にとっては新潟なんて聞いたこともない地球の裏側のちっぽけなところだろうけれども、そこの人びとですらあなた方の不幸を人生の苦悩を分かち合いたいと見守っているという事実を伝えたいということでした。あなた方は見捨てられた人びとではない。世界はちゃんと見守っているという関心のメーッセージを伝えることです。国際交流基金の援助を得て、10人のメンバーが現地に行きました。UNHCR(国連難民高等弁務官)とMSF(国境なき医師団)に売上を手渡し現地での医療費に使ってもらうことにしました。
 本格的に代表、事務局長が選ばれたのもこのころではないでしょうか。袖山さんが第一代の代表で高橋さんが第二代です。事務局長も、大竹さん 遯第一代で、西村さんが第二代、谷口さんが第三代となります。
 翌年、この独自の支援事業には、3つの候補が上がってきました。ミャンマーとカンボジアとベトナムです。いずれも会員が現場をみてきたものです。ここでも真剣なやりとりの末に、ベトナムへの支援がきまりました。戦争が終わってしばらくたつのにまだ貧しい状態だった。具体的に要請されたのは、学校建設です。考えてみれば学校は目に見えるものはなにも作っていないけれど、教育という分野で未来を作っている。そう考えれば、ベトナムの未来作りを支援できると考えたのです。そこで始まったのが、VFPベトナム未来プロジェクトでした。
 ここでNVCは一歩階段を上がりました。本格的な継続する自前のプロジェクトをもったのです。今ではこれは発展して、福田君を毎年1、2カ月派遣したり、現地にリンさんという駐在代表をおくまでになりました。
 私たちNVCにはいつも先遣隊としての役割を果たすひとびとがいます。なにか新しいことに手を染めるときに斬り込み隊長の役割をしています。ベトナムの時にも、佐藤正さんご夫妻がまずは現地をみてきて、ゴーサインを出し、嶋田正義さん、佐藤信 鼾Kさん達が建築現場を訪れて、セメント袋の裏に書いた設計図をもって帰ってきた。私たちNVCの援助の仕方は具体的にレンガ1個いくらなどということからはじめる。実際に見てきたこと、確認してきたことから始めるという鉄則が確立されています。 輪も広がりました。学校建設では北高校の生徒さんたちが、卒業記念のお菓子袋をもらうかわりにとそのお金をそっくり寄付してくれました。教室ひとつ分の建設費にあたります。それ以来毎年北高校は寄付してくれます。加茂市の若宮中学校や青年の組織でも毎年フリーマーケットの売上を下さいます。この二つを結びつけてくれたのは、今日アドバイザーとして出席している三浦さんのテレビ局のNT21です。こればかりでなくNT21は、約半年間のキャンペーンを張ってくれてストリートチルドレンのオープンハウスを建設する費用をテレビ番組を通じて捻出してくれました。俗悪な番組や視聴率至上主義のはびこるなかでテレビがもつコミュニティの新しいタイプのネットワーク形成に正面からリスク覚悟で取り組んで下さったことには敬服しております。もちろん協力の輪はこれ以外にもここでは書ききれないほど本当に大きくLがっています。
 このように、今回配布した資料のp136にあるように活動は着実に拡大してきました。その結果、質的にも変化してきた。最初は資金を集めて提供するだけだった。まるで御大尽様のようなことだった。しかし、ベトナムについては逐一自分たちでやって来た。自前のプロジェクトになった。つぎにもう一段上りました。学校作り、ストリートチルドレンの施設建設の次に、盲学校の支援、ストリートチルドレンの社会食堂の支援、障害を負っているか極貧家庭出身の学生への奨学金支援をはじめました。ここではじめて特定の個人の生涯を左右するプロジェクトを始めたわけです。大げさにいえば命を預かることも始めた。そうした領域に手を出した。しかも、やすやすと手を付けた。実は手をつけた以上引けないプロジェクトなのに。
 奨学金のプロジェクトの授与式では、「自分が貧乏であるとか障害を負っているということは自分の責任ではない。それでもなお高等教育を受けようという意志のある人びとは社会が世話しなければならない。社会とはこの場合NVCである」とスピーチのなかで述べました。今回福田君がレビューで奨学生と会ってきてくれたのですが、その言葉を彼らは忘れて いないといったそうです。かれらも私たちのこと、日本のことに注目している。乙武洋匡君の話が通じている。一人の奨学生から彼について詳しいことを聞きたいという手紙があった。情報の早さには驚かされます。その橋渡しにもNVCの築いた「かけ橋」が機能していると思いました。
 ベトナムでは、大竹さんの発案で謄写版を普及する活動もやっています。さらにお金があまりかからないけれどもとてもユニークな活動として、長岡の大野さんが始めた絵手紙交換のプロジェクトがあります。これはマイアムバーチューの子どもたちと大野さんのグループでやっていますが、私のみるところ双方に5分5分の喜びがあるとてもユニークな試みだと思います。 NVCの活動は現在、もう一歩上の段階にのぼろうとしています。昨年は藤崎さんを通じてバングラデシュの洪水支援を依頼されました。これに対して、信頼できる人たちなのか・支援していい団体なのか確認にいった。つまり、NVCが信頼され仕事や金を要求される段階にきた。
 このうえは、事務局や専従の職員が必要な日がやってくるでしょう。極める所はいくらあってもいいが、実は質的には最上階に近いところまできてし ワっているんです。NVCの活動が「やれることをやる」から。「やれることはやる」に変わってきた。ほんのわずかな言い回しの違いかもしれないが、確実に違ってきた。
 郵政省のボランティア貯金から配分を受けているのは県内ではNVCだけです。名誉あることには違いありませんが、もっと新潟でNVC以外にボランティア貯金から援助を受ける団体が育っていかなければ行けない。もっと広めていかなければ行けない。NVCは、JANICのNGOダイレクトリーに出ています。これも新潟で一つだけ。誇っていいが寂しいことでもあります。今行政がNPO支援云々、失業対策にNPOを云々とまで言い出していますが、それとはかかわりなく、今後の地域運営でNPOが果たす役割が大事になってきます。NPO活動が盛んな地域こそが地域としては元気があるところというふうになっていくでしょう。その点では新潟は元気のないところということでしょうか。行政がさぼっているのでしょうか、それとも市民が元気がないのでしょうか。NVCにもしょっちゅう問い合わせがあります。これこれの品物をどこそこに支援したいのだが組織を作ろうと思うがどうしたらいいだろうとか、NPO法案 リノ基づく申請はしただろうか、もししたならノウハウを教えてくれないかとか。十分行政がするべきことをNVCがやっています。その意味で、きわめて公的性格が強くなったと思います。
 先日、東京の見ず知らずの人から連絡をもらいました。ベトナムに学校を造りたいので資金を提供したい。いろいろ調べた結果、NVCが一番信頼が置けるということがわかったということなのです。長岡の「米百俵財団」の表彰も受けます。
 NVCの活動を通じて学んだことが3つあります。ひとつは、私たちは自給自足していないかぎり、他人のために何かしている。その労働の対価として自分の生活が成り立っているということを学ばしてもらった。二つ目には、すべての存在するものには時間が込められている。今私が喋っているマイクが作られるまでにはマイクのなかに人びとの時間が込められている。みなさんがメモを取っている筆記用具と紙にもすべてのものに時間が込められている。それを時間を使って消費している。ボランティア・スタンプを始めようと呼びかけたときに、自分の誇りになると言うことでやり始めた。アメリカのコーネル大学があるイサカという町には <、ここだけで通用する「おもちゃの」お金がある。単位は「時間」で1時間で10ドル相当のものが買える。「わたしはマッサージができるから隣のお年寄りにマッサージをして1時間もらったからそれでパンを買いに来た」というような具合です。これににたようなことを相手の顔が見えるお金作りをやってみようかという試みでもあるのです。最後に、三つ目に、ベトナムの子どもたちなどから学ばせてもらったのですが、この世の中は単純である。幸せな人生とは、愛する人、よい仕事、そして希望や夢に恵まれている人生ということだという点です。お金やものは二の次、三の次。希望、夢の方がそれよりも大切です。
 
 研究の世界にはプロトタイプ(研究したいからする)というのと、ネオタイプ(要請があるから研究する)というのがある。NVCをこれでたとえるとミディアムくらいでしょうか。それでもやるからには続ける精神を忘れずにいたいと思い ワす。そして、参加・冒険という精神を忘れない。やりたい人が集まってやっていくことを私たちNVCでは大切にしている。
 丁度私の指導教授が、古希を迎えて先生に送る書物の前書きに書いたのと同じ言葉がNVCには相応しいのではないかと思っています。「汎汎たる楊舟沈むを載せ浮くを載す」。柳の枝で作った頑丈な舟は、重いものでも軽いものでも、どんなものでも乗せて悠々と川面を下って海をめざしていきます。ご静聴ありがとうございました。

(本稿は、北村会員のメモを元に要約・加筆しました。また、文中に実名がたびたび登場しますが、だれひとりとしてご本人のご了解を得たものはありません。この場を借りてお許しをこう次第です。さらに、会員全員のお名前を登場させてご活動についていちいちふれたかったのですが紙面が足りません。挙げなかったお名前につきまして他意はございません。くれぐれも誤解なきようご了解下さい。)



 NVCでは、1996年からベトナムに学枚等を造り援助していくプロジェクト、「ベトナム未来プロジェクト(Vietnam Future Project V.F.P)を行っています。これに関して毎年スタディーツアーを行って現地とコミュニケーションをとってきました。以下の文章は、「第30回新潟県青年リーダー養成港外研修」でベトナムに行った小林伸子会員の感想です。

いっぱいの涙といっぱいの笑顔
運営委員 小林 伸子



キークワン寺での出会い

 この寺院には、約130人の孤児の為の施設があり、そのうち70人は盲で、中には他のハンディキャップをもった少年・少女もいます。ここが私のホームステイ先でした。私達のステイした部屋は少女の部屋でしたが、奥まで続く2段ベットのわきは人が一人通れるくらいの幅しかなく、壁も床も薄汚れたコンクリートがむき出しで、窓のない薄暗い部屋でした。

 しかし、このキークワンで過ごした2日間は、忘れる事のできない大変貴重な体験となったのです。眼が見えない分、私達はいつも身体を触れ合いお互いの存在を確認していました。皆がこの見知らぬ外国人を快く受け入れてくれている事を肌で感じました。夜になると日本の歌、ベトナムの歌と続き、まるで歌合戦の様でした。私達の歌を1フレーズ聞いただけで、盲目の少年がギターで完璧に伴奏をつけてくれ、その腕の素晴らしさに驚きました。薄暗い部屋で歌と笑いがいつまでもなりやまず、この時私は言葉は通じなくても彼らと本当に一つになれたと感じたのです。今でも思い出すと温かい気持ちになれる、そんな素晴らしい瞬間でした。私達が発つ日、数人の子供から今晩は一緒に眠っていいかと聞かれました。別れは寂しかったけど、必ずたくさんの友達に会いにキークワン寺を再び訪ねたいと、心から思っています。

私の大切な仲間達

 ほんの数ケ月前は名前も知らない人達でした。何故か、日本からはるか遠く離れたベトナムの地で、一緒に泣いて笑っていました。今回の研修において、ベトナムでの経験はもちろん、この素晴らしいメンバーに出会えた事を語らずにはいられません。個性も年齢もバラバラ、でもみんなが集まると計り知れないパワーを発揮するのです。

 グループ研修の日、私が行けなかった社会食堂に再び足を運んでくれた事、忘れません。バイクの行き交うホーチミンの道にまだ慣れていない私を、さりげなくかばう手はとても温かかったです。社会食堂でのたくさんの輝く瞳、屈託のない笑顔、その子供達からもらったエネルギーと、会えて良かったという思いと、そして何よりみんなへの感謝の気持ちで胸がいっぱいでした。

 副団長の高井さん、随員の佐藤さん、大変お世話になりました。ベトナムでのぎゅうぎゅうの三輪車タクシーはとても楽しかったです。そして、添乗員の比企さん。何を聞いても動じない比企さんの余裕のある対応には感服しております。私はこのような素晴らしいメンバーとベトナムでの時間を共有できた事をとても幸運に思っています。

ボランティアって?

 ベトナムで、私はたくさんの涙を流しました。他のメンバーも泣いていました。この涙は一体何でしょうか?ひとつだけはっきりしているのは、これは“かわいそう”という同情の涙では決してなかったという事です。NVC 『ベトナム未来プロジェクト』の中に「みんなが感動から始めている。そして大変なときもその感動に立ち戻る事を忘れていない」という多賀先生の文章を見つけました。私の涙はこれかもしれない、そう思いました。決して義務感や同情心からではなく、感動から始まるボランティア。この研修で少しボランティアが見えてきたような気がします。

 研修後思う事〜そしてこれから〜


 私の訪れた施設では確かに物が不足していました。でも、彼らの心は豊かでした。他人を思いやり、ゆずりあう気持ち、そして敬う気持ち、嬉しいという気持ち。豊かな日本では当たり前になっていて忘れかけていた事を、私はベトナムでたくさん目にしました。豊かさゆえに人間は大切な事を忘れてしまうのならば、豊かな事は悪い事なのでしょうか?それは違います。ベトナムの人も生活を、国を向上させようと努力しているのです。では、豊かな日本に生まれた私達に必要なものとは何でしょう??それは「知る」そして「理解する」という事
ではないでしょうか。世界中にはさまざまな国が、人々がいるという事、それぞれの生活があり、困っている人もたくさんいるという事。そしてできる事なら自分の目で見る事。研修中、団長がこうおっしゃいました。「君たちはまだセミ・インターナショナルだ、なぜならアフリカを見ていない。」そのとおりだと思いました。私達はほんの一部を見たにすぎないでしょう。でも、みんなセミから始めようよ。自分の眼で見て、感じてきたところから。私は帰国後NVCのメンバーに加えて頂きました。何故って、また彼らに再会したいからです。



バングラデシュの支援の現状
運営委員 藤崎 千代子



[はじめに]

 昨年の7月、バングラデッシュで大洪水があったのを、覚えておられる方も多いことと思う。9月中旬にダッカに住む私の知人カベリから、水害の救援要請が届いた。
 個人的に衣類等を送る一方、高橋節子代表に相談した。そして、とりあえず、緊急支援を検討したい。どんな支援を望むか(衣類、医薬品、食物、お金?)、緊急物資の管理体制、援助活動の経過報告をしてもらいたい等を問い合せた。何回かファックスを交換し、11月22日にカベリと夫ムシュア ラーマン ミー(MSHUIR RAHMAN MIAH)の署名のもとに、洪水被災者への支援計画と貧困家庭の子供の教育計画と合わせて1千万円程の計画書が届いた。

[現地視察]

 額がどれくらいにせよ、援助をはじめるには現地に出掛けて、現状を把握し、どんな人が関わっているかを、会って話し合う必要がある。1999年2月12〜15日、バングラデシュ・ツアーが組まれ、多賀先生も同行した。
 多賀先生達は、ムシュアの出身地チャンドブルの南バリア村(ChandpurSouth Balia)を訪問した。そこでは現在、ムシュアの母が頼ってきた被災者や貧困者を実際に世話していた(これをMother’sprojectと呼ぶ)。その様子や現地の被災状況は、NT21の「小野沢裕子のいきいきワイド」で放映されたので、ご覧になった方もおられると思う。

[NVCバンゲラデッシュ]

 NVCの援助を受け入れる組織(NVCBangladesh。以下NVCBang.と略す)は高等教育をうけ、要職についているムシュアの兄弟とその妻達8名、ムシュアの勤務する煙草会社の同僚、事業家、都市工学コンサルタント等4名と大蔵省の役人(Junior Assi. Secretary)、2名の高齢の女性から構成されている。責任の所在がはっきりしているので、任せられる。

 NVCBang.の人道的立場からの援助要請は次のようである。
(1)50名とその家族の8歳以下の子供32名の緊急支援。
(2)39名の障害者、62名の離婚女性と未亡人、102名の慢性疾患患者の支援。
(3)我々がはじめるプロジェクトが何であれ、そこから見返りが得られるまで、彼らに食物、医薬品、衣類の援助は続けてもらいたい。

 とりあえず、我々は(1)の緊急支援をしたいということを、先の5月16日の総会に議案として150万円の予算とともに提出し、承認をえた。現在合意書を作成して調整している段階である。

[NVCとNVCBang.間の合意書]

 NVCBang.も私達も、第一歩を踏み出すのであるから、(1)の援助、つまりMother’sprojectを拡張した緊急援助から始めることで合意した。
 このプロジェクトの合意書の枠組みは次の通り:


 2団体はこれによって以下の項目について署名し合意するものとする。
@ プロジェクトの名称(現在 募集中)
A 期間:1年間(1999年7月〜2000年6月)
B  目的:バングラデシュのチャンドプルの南バリア村の82名の人々。
C NVCの援助額は470,100タカ(9,794US$)で、以下の目的に用いられる。
  (a)食物、衣類、医薬品50名分に対する援助


 ★米/1人1日=1/2キロとして、1年分=50人*1/2キロ*20タカ*365=182,500タカ=320US$
 ★医薬品/1人1ヶ月=150タカとして1年分=50人*150タカ*12月=90,000タカ=1,876USD
 ★衣類/1人1年=1200タカとして1年分=50*1200=60,000タカ=1,250USD

  (b)8歳以下の扶養すべき32人の子供に対する初等教育に要する費用


 ☆紙、鉛筆、消しゴム、読み物等 1800タカ/=1人1年*32人 1800*32=57,600タカ=1,200US$
 ☆補助栄養/1人1日=10タカ 250日分(週末と休日を除く)として10*50日*32=80,000タカ=1,667US$
☆+★の総計=470,100タカ=9,794US$(ここでタカはバングラデシュ通貨を、US$は米国通貨を示す。)

D NVCBang.は救援する個人の資料(名前、年令、住所、家族の経歴・・・)をNVCに提出すること。
E NVCBang.はNVCからの資金を受け取り次第、上述の援助を行なうこと。
F (a)NVCBang.は如何なる問題にせよ問題がおきた時は、NVC代表に報告すること。
   ( b)援助に要したすべての領収書を保管すること。
   (c)月毎あるいは3ケ月毎に必要経費の報告書を作成・提出すること。
   (d)NVCの代表や会員が支援している現地を訪問したり、あるいは会計簿検査を要求した時は、スムーズに事が運ぶようにすること。

G NVCBang.が合意書を守らず、不正が行なわれたことが立証されたならば、NVCは契約の履行を差し止めることができる。その結果、NVCは資金の全部あるいは一部の返還を要求することができる。
 この合意書は1年間有効であるが、NVCBang.がよくやっていると評価できる場合は、更新する。

 私達の援助が実を結んで子供達が自立できる日の未来を思い起し、夢が実現するように、協力しましょう。

 以上がこのプロジェクトの合意書の内容である。
 この合意書のほかに、共通の目的を達成するための精神を明記した「一般合意書(General Agreement)」を作成し、目下調整中である。その趣旨は次のようである。


(1)対等の立場に立って相互理解を深め、相互協力をする。
(2)個人的な利益は追求しない。
(3)永久に援助を続けないが、自立できるような援助をするつもりである。2000年会計年度から研修計画と信用貸付計画を考慮した援助を行なうであろう。
(4)このプロジェクトの実施・管理費、事務所の運営費は、NVCBang.が支払う。
(5)ただし、NVCBang.として我々のプロジェクトを始めるために、バングラデッシュ政府に納入する最初の登鋸料のみは、NVCJapanが支払う。
(6)上述の規定以外のことは、関係者間の討論により、決定されることとする。

 目下、NVCBang.は(4)の管理運営費を負担することについて難色を示しており、今後の推移が待たれますが、間もなく調印の運びになるでしょう。

[これからの計画]

 次年度の援助のために、11月か12月にバングラデッシュ・ツアーを計画し、視察する事を予定しています。今年度の緊急的な援助から、NVC Bang.が提案しているような女性の自立のための手工芸や縫い物の訓練、慢性疾患に罹っている人々の援助へと拡大していくことになるかもしれませんが、いずれにせよ、視察の結果を待つことになるでしょう。



今年2月にバングラデッシュにスタディツアーを行いました。前述のバングラデッシュ援助の予備調査のような意味あいを持ったツアーでした。その感想を早稲田大学社会科学部平和学ゼミ(多賀秀敏教授)の瀬上麻紀さんに書いていただきました。

NVCスタディツアーに参加して
瀬上 麻紀 


 NVCのスタディツアーに参加させていただき、ありがとうございました。今日、この体験を基に、新たに多くの関心が芽生えることとなりました。私は、航空券の都合上、今回はバングラディシュの新プロジェクト(洪水による被災民を助ける為のもの)調査  のみに限っての訪問となりました。現地の実態と課題を探るべく、各地を点々と回る中で、今でも強烈に記憶に残っていることは、バングラディシュがあまりにも多くの人々を狭い国土で抱えていること、また、彼等を支えていく為に必要不可欠のはずである国内の社会福祉政策が、財政上、または現行の体制上、困難であることです。特に、都市ダッカにおいては、人々がひしめき合って暮らしていて、大地と人々の境目がいったいどこにあるのかはっきりしない程の、人口過密大国でした。多賀教授のお言葉通り、「バングラディシュは、まだまだ人間の命の価値が ロ安すぎる」という印象を受けました。 

(a) 
(a)の写真は、都市ダッカの道端の一角で、どこでも何気なく目にすることのできる光景です。多く見積もっても10歳にも満たない少年が、小さな手で重たい金鎚を振り回しながら、赤煉瓦を必死に割っています。彼が得る一日の収入は、わずか50タカ(約150円、1タカ=3円)。物価がパン一個5タカから15タカであることを考慮しても、子供達が、あまりにも低賃金で酷使されている惨状がお分かりかと思います。      
 バングラディシュでは、成人識字率が37%(1997年)であり、初中等教育の合計就学率も46%(1992ー4年)にしか過ぎず、さらに子供の生存と教育の面においても、5歳未満児の死亡率が出生1000人当たり115人(1995年)にまで達しているのが現状です。これから、バングラディシュの未来を担っていくであろう大切な子供たちが、金銭的な問題から、5年間の義務付けられた教育さえも受けられずに働かざるを得ず、子供たちの人権が守られないままでよいのでしょうか。

(b)
(b)は、都市ダッカの路上で、無造作に集めら 浮黷トいるゴミの山を漁っている女性です。このような行為自体があってはならないことでしょうが、それ以上に問題なのは、この様な形でゴミが放置されていることで、保健衛生上問題ではないでしょうか。

(c)
(c)は、今回のNVCのプロジェクトとして援助が検討されている地域で撮った一枚です。カメラを向けると大勢の子供たちが集まってきました。彼等は、本来の自分の土地であった場所が毎年の洪水によって生活できなくなり、逃げてきた人々です。洪水からの防御をするために、3メートル位高台にある国道の両脇に、2畳程の掘っ立て小屋を作って、一家族で暮らしているのです。「私たちは、収入をもたらすような活動がしたい!私たちが求めているのは、その為の機会を提供してくれる援助であり、あとはこの地域の自発的な自助努力によって維持して行くことが可能であろう。」ということが、現地の洪水の犠牲となった人々の共通した意見でした。彼等にとって、被災後、きちんとした衣食住の提供が早急に必要でしょうが、次に最も大切 轤ネのは、この”収入をもたらす活動”なのではないでしょうか。私の目には、彼等がそれ程被災の影響で衰弱している様には見えませんでした。むしろ、何か新しい行動を起こしたくてうずうずしている様に感じられました。

(d)
(d)は、我々を案内してくださったムッシーさんとその親戚の方々が一致団結して支援なさっているプログラムの一つです。身寄りのない、もしくは身体に障害のある、等といった何らかの理由で集まった母子約20組を衣食住の面倒を見ながら、子供が教育を受け終わるまで支援しているとのことでした。ここは、ムッシーさんのお母様の家の前であり、彼等は、このお母様の敷地内に一緒に暮らしているとのことでした。

(e)
 一方で、(e)は、(d)の様子を固唾を呑んで見守っている支援の対象に漏れた母子の姿です。このプロジェクトが、援助を必要とする人々にとっては、氷山の一角にしか過ぎないことを物語っているでしょう。   
 以上、(a)〜(e)の各写真と、それに基づいてのいくつかの解説と意見を述べてきましたが、ここで、次のような結論に達する ?ことができます。ムッシーさんのお言葉によると、すでに国内でイスラムの宗教的な背景から、豊かな層の人々の収入の1.5%を、貧しい層の人々に援助するシステムが確立しているとのことでした。この支援の枠組みをどうにかして拡大していくことはできないでしょうか。(現在、ムッシーさん達は、お母様のなさっていらっしゃる活動を、財政面等で支えていく、「Familyに基づく支援方式」を採っていらっしゃいました。確かに、NVCの支援によって、「守られない」被災民の背景に現存する、南北問題から構造的に生み出された貧困問題と、国内における貧富の極端な格差の構造が、少しでも改善されるための大きなきっかけになることは間違いないでしょう。しかし、それはあくまでも一つのきっかけに過ぎません。最終的には、現地の裕福の層の人々における横の自発的なネットワークの充実と、国内の積極的な社会福祉政策の浸透によって解決されることが望ましいのです。私自身、中進国であるタイを iっている中で、前者の「ネットワーク」に宗教的(仏教)な理由で携わっている人々に、幾度も出会ったものです。また、「社会福祉政策の浸透」の根底に必要となってくる、戸籍制度のような何らかの身分登録制度がまず確立されねばならないでしょう。現在はこの制度が不完全であるために、国内の正式な人口さえ把握できていないのが実情なのです。これでは、人口問題の解決の糸口さえ掴むことが難しいのではないでしょうか。
 私は、今春から、早稲田大学大学院アジア太平洋研究科の国際関係学専攻1年生として、引き続き開発学、特に「国家体制と政策の関係性からの人間開発のあり方」を学んでいきたいと考えております。
 NVCのバングラデシュへの展開についても、今回のスタディツアーに参加させていただき、大変興味を持って、今後も何らかの形で取り組んでいきたいと望んでおります。(秋のバザーにも是非、参加させていただきたいと思います。)何卒、よろしくお願い申し上げます。
  [参考文献]「貧困と人間開発」UNDP(国連開発計画)



特定非営利活動促進法(NPO法)が、98年12月1日から施行されました。NVCでも、この春、NPOに申請しました。
その効果について、運営委員NPO担当 関 一弥さんから見解をいただきました。


NPO法に基づく申請について
運営委員NPO担当  関 一弥

 
 特定非営利活動促進法(NPO法)が、98年12月1日から施行されました。この法律は、ボランティア団体等の活動を促進することを目的として作られたものですが、当面は、ボランティア組織に法人格を付与することをその内容としています。
 今回、NVCもこの法律に基づいて、法人格を取得することとしています。取得に当たって、今回の総会で定款を変更したり、運営委員の皆さんから宣誓書や就任承諾書を出していただいたりと大変お手数をおかけしました。申請後、2月間の縦覧を経て新潟県の認証を受け、設立登記を行うこととなります。登記後も、毎年事業報告を行わなければならなかったり、税金の問題が生ずるなど面倒な事項が増えます。それなのに、なぜ申請するのかとのご質問をよく受けます。いくつかの理由を、以下に述べてみたいと思います。
 1 この法律では、「法人申請した団体が法令の規定に適合していると認められるときは、諸官庁は、法人化を認証しなければならない。」とされています。このことは、逆に言えば、認証された団体は、法律の定めた一定のルール(「公開性」「民主性」「公益性」「非宗教的」等の基準)に合致していると考えられるので、社会的信用を高めることが出来ます。また、その団体にとっても、今までのルールや会計のやり方などを見直す良いチャンスになります。
 2 今まで銀行口座や賃貸借契約等の名義人を個人としていましたが、法人格を取得することによって、これを団体名とする
ことができるという利点があります。そのことによって、いらない問題が生じることを防ぐことができます。また、国際協力団体の場合、国内で法人格を取得することは、海外でボランティア団体として認めてもらうための必要条件となります。NVCでも、法人格取得を行った後、ベトナムやカンボジア国内でボランティア団体としての登録を行うこととしています。
 3 今後、個人・団体が特定非営利活動法人に寄付を行った場合の、税金の控除制度を 導入するかどうか大きな問題となります。税金は、公権力の源泉ですから、国がその権限を手放すことには大きな抵抗があると思います。しかし、これが認められれば、ボランティア活動の推進に大きな役割を果たします。極端にいえば、個人や団体が、税金をどこに払うのか(国か、特定非営利活動団体か)選択権を持つことにもつながっていきます。今後の動向が注目されます。
 いずれにせよ、ボランティア活動の推進を図るためのNPO法が不十分であることは確かですが、それを活用していくことで、その欠陥や次のステップが明らかになってくるのではないかと思います。今後も、いろいろな情報をお伝えしていきますので、よろしくご協力下さい。 



NVC副代表新任の挨拶と抱負

副代表 国内事業担当 野水和行


 時のたつのは早いもので、NVCの仲間入りをさせていただいて10年が経過しました。
この間多くの人達と出会い、行動を共にし、「私のようなものでも少しはお役に立てたのかな?」そんな気持ちです。私が、NVCにかかわってきたきっかけは、総理府の青年海外派遣事業に参加したことが縁で、多賀秀敏先生とお会いしたことですが、こんなに素晴しい団体のメンバーに加えていただけただけでも大変喜んでいます。
 特に、バザーの時期になると野水の出番と周りの人達から言われていますが、本当にバザー時には大変お世話になっています。そしていつも一番良い場面にたたせていただいています。そんな自分に、国内事業担当で副代表という大任をおおせつかり、最初はとんでも ,ない話とお断りしようかと考えましたが、長い期間仲間に加えていただいとこともあり、お引き受けすることになりました。
 4月から実質的に11年目を迎え、10年を一区切りと申しますが、更に発展の新しいステップに立ったわけです。マンネリ化されたものでもなく、みんながアイディアを出し合い、更に素晴しいNVC活動のためにがんばろうではありませんか。
 国内事業関係は、NPO支援、バザーをはじめ、地球を知る講座、NVCライブラリーの出版、留学生保険が、各分野ともそれぞれ長けたチーフが担当されておられるので安心しております。特に本年度はNPOに加盟という大きな組織変革があり、更にバザーについては、不況が長引き、例年以上の取り組みが必要と考えています。皆様が多く参加され、NVCを盛り上げようではありませんか。今後ともどうぞよろしくお願いします。


鍵はウイルスの増殖
副代表 財務担当 嶋田 真千代
 

 NVCと言うフラスコの中にはたくさんのウイルスがいます。銭玉ウイルス・知恵熱ウイルス・筋肉マンウイルス・無色無臭ウイルス等々です。そのウイルス達が勝手気ままに増殖を続け、新潟市を中心にヒタヒタと県内を包み昨今では近県をも襲いつつあります。
 私達ウイルスは、働きたいときに働き、眠りたいときに眠っています。
 特に筋肉マンウイルス君と知恵熱ウイルス君は大変な働き者です。中には1年中眠っている無色無臭ウイルスのお友達もいますが毎日が楽しく充実しています。時々ミーティングしたり、お食事会をしたり、バザーの手伝いもします。そしてその度お友達が沢山できます。
 また私達ウイルスはいつでも自分勝手にどんなウイルスにも変身できるのです。
 前回少し体調が悪かったので無色無臭ウイルスに変身していたけれど、今回はお友達と一緒に給食ウイルスをやってみるわ!と変身すればいいのです。
 一度やったらやめられない変身術は他のウイルスの気持ちも知ることができますし、また別の自分を発見することもできます。
 私も今はみなさまのご協力をいただいて財政ウイルスに変身しておりますが、私達ウイルスには大きな難問が持ち上がっています。その問題とは、フラスコの中のウイルスをいかに長生きさせることができるか、と言うことです。そこで知恵熱ウイルスさんの力を借りて日夜研究に研究を重ねてきましたが、ようやくここで一つの答えが見つかりました。それは、銭玉ウイルスの増殖以外に方法はないということが分かりました。
 ところが、今度はどうしたら銭玉ウイルスを増殖させることができるか、と言うことです。ここで私達は大きな厚い壁にぶつかり行き止まり状態です。ここから突破するには新鮮なウイルスの新鮮ないけんが必要です。
 ぜひ、貴方もウイルスになって私達を助けてください。フラスコの中で待っています。


副代表 事務局長  谷口 良

 第1回NVCスタ 'ディツアーに参加し、難民キャンプや戦争の傷跡を目の当たりにして考え込んでしまったのは10年前のことでした。以来足元の仕事とともに目を外に向けて学んで行きたいと思うようになり、NVC活動の確かさと会員の皆さんと活動する楽しさに惹かれて学ばせていただいてまいりました。今やNVCはベトナムの子どもたちの命を預かるまでになりました。また広く知れるところとなり、県内外の人々から善意が寄せられ、NVCを通して人々の意思がベトナムの地で実を結ぶようになりました。NVCは支援活動と同時に私たちを育て、私たちを結びつけ、人々の意思を実現するという社会的な役割を担う団体に成長しつつあるといえるのではないかと思います。
 今年度NPO法人格取得に伴い、組織機構改革が行われました。新体制も一極集中型でなく、それぞれの分野でやりがいを持って活動していく体制がイメージされています。皆平等で、無くてはならない 8カ在であり、一人でも多くの会員が活動に参加し、体験し、声に出して運営にかかわっていく会でありたいと思います。発足以来堅持してきたNVCのそのユニークさを、大きくなっても大切にしつつ、多彩な会員の皆さんが持てるパワーを発揮されるよう調整をはかって行きたいと思います。事務局長は、総会・運営委員会の運営、事務一般、他を任務としておりますが、会員の皆さんが会の動きが分かり、楽しく気持ちよく活動に参加して行けるようにはかっていくことも重要と考えております。10年を経て生じてきた事務局体制や専従の問題は今しばらく続くものと思われます。その間、勤務と両輪でご迷惑をおかけすることが多いのですが、精一杯力を尽くしたいと思っております。皆さんのご支援ご協力を賜りますよう心からお願い申し上げます。




第11回NVC愛のかけ橋バザー
     ご協力よろしくお願い申しあげます。

   
 今年も昨年同様新潟中郵便局において、10月16日・17日の両日にバザ−を開催することになりました。今年は、今までのラオス・ベトナム・旧ユ−ゴに加え、バングラデシュも支援することになりました。
 世界最貧国で、人口1億2,000万人の国バングラデシュは昨年、100年に1度と言う大洪水にみまわれ大変な被害をうけました。そのため農村部の母子家庭救済支援プロジェクトがスタ−トすることになりました。そのため昨年より100万円多い、目標額300万円を目指しています。皆様の自宅で眠っている贈答品油・お酒・コ−ヒ−・テレカ・雑貨など新品でしたら何でも歓迎ですので、ご協力下さい。又、ゲ−ムソフト・CD・本なら中古でも結構ですので商品としてご提供ください。
 尚、3日前から商品搬入・値付け・会場設営そして、当日の売りさんなどのお手伝いもよろしくお願いします。
 今年も新潟発NGO祭りに大勢のご参加を、お願いします。

と き:1999年10月16日(土)・17日(日)
ところ:新潟中郵便局3階体育館(新潟市東堀通七番町)


*****************会員名簿の作成(継続意思確認)について********************

 NVCがNPO法に基づく団体となり定款を定めることに伴い、この機会に一度全会員の皆様に会員としての継続の意思確認を行い,新たに会員名簿を作成しなおししたいと考えています。定款や今回の特集記事をよくお読みの上、新たな気持ちで同封のはがきに必要事項を記入のうえ、7月24日(土)までに事務局に到着するよう郵送してください。

************************新規会員募集について***************************

 NVCでは現在、新規会員を募集しています。国際協力に関心のある方の入会を歓迎します。なお、平成11年4月以降の新規会員については、入会届の様式を別紙のように定めましたので、入会ご希望の方(平成11年4月以降すでにご入会の方も)必要事項を記入の上、事務局宛てに提出してください。提出は、郵送、ファックス、電子メールのいずれでも可能です。

〒951-8126 新潟市学校町通2番町5293番3 学校町ビル4F
NVC新潟国際ボランティアセンター
TEL・FAX 025-222-7899
E-mail info@nvcjapan.org




事務局だより

☆11年度郵政省国際ボランティア貯金の配分が決まりました。
 今年は2つ申請し、低金利の時代にもかかわらず昨年の倍以上の配分額
 1,869,000円を受けることになりました。内訳は
 ベトナムの小学校建設費用として 894,000円
 ベトナムの社会食堂支援費用として 975.000円です。

☆長岡市の「米百俵賞」をNVCが受賞しました。
 6月15日に授賞式が行われ、米百俵財団から高橋代表の手に見事な盾と副賞100万円が渡されました。
 
☆総会の決定を受けて、NVCがNPO法の届出をしました。
 これにより、対外的に信用が高まるとともに海外での活動がしやすくなります。ただ情報公開のために資料整理や経理当事務が煩雑となります。

☆5月に事務所を移転しました。
 新住所は、〒951-8126 新潟市学校町通2番町5293番3
 学校町ビル4F(新潟市市役所のすぐそば)TEL・FAXは変わらず、
 025-222-7899です。毎月第2、第4月曜日午後6時半から運営委員会をやっています。
 どなたでもお立ち寄りください。

☆NVC10周年記念事業を開催します。
 NVC創立10周年を迎え、記念事業開催を開催を考えています。まず例年の催し物のいくつかの頭に「10周年記念」をつけ、内容を豊かにして徐々に盛り上げていくとともに、バザー後に何か記念事業を開催したいと思います。アイデアを募集しています。

☆会費改定のお知らせ
 会員が増えるに連れ問題になっていた夫婦及び家族会員の会費について運営委員会で次のように決めました。1999年4月1日より適用されます。
 個人会員       年一口 12,000円(月1,000円)
 夫婦及び家族会員 年一口 20,000円(4半期5,000円)
 大学生        年一口  3,000円
 高校生以下         無料
 団体会員       年一口 10,000円

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